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あらしの前

 

あらしの前 (岩波少年文庫)

あらしの前 (岩波少年文庫)

 

 約40年前に読んだが、ほとんど内容はおぼえていなかったので再読してみた。翻訳は『君たちはどう生きるか』の吉野源三郎氏。ちなみに唯一おぼえていたのは、高校生のヤーンが女の子と自転車旅行に出かけるシーンで、ユースホステルを利用することで、親がそうした旅行を認めてくれるというのが読んだ時に衝撃だった。今回改めて読んでみて、きちんと子どもたちを尊重するオランダのリベラルな国民性が背景にあることを痛感した。著者は、第二次世界大戦ナチスのオランダ侵攻を逃れて出国、のちにアメリカ市民権を得た女性作家。物語はオランダの地方の村で代々医者の一家に番6目の女の子が生まれるところから始まる。アムステルダムの社会事業学校に行っているしっかりものの長女ミープ。ピアノを愛している芸術家気質の長男ヤープ、元気いっぱいだがついつい勉強をなまけて落第寸前であおくなっている次男ヤン。生真面目で妹なのにヤンが心配でたまらない次女ルト。いつもマイペースで愛嬌たっぷりの三男ピーター・ピム。ここに、難民として逃げてきた男の子ヴェルナーが加わる。忙しい両親を支えるのは、働き者のお手伝いヘーシェだ。戦争が近いことを年長の兄弟たちは感じているが、100年以上も戦争はなかったのだからと言って両親は取り合ってくれない。楽しい日常が続く中で、戦争は徐々に近づいてきて、突然一家に襲いかかる。こんな田舎に空襲などあるはずがないという予想を裏切って、爆弾が落とされるのは衝撃だ。ひたひたと迫りくる戦争の嵐の中で、ミープがヴェルナーをナチスから逃すために出国させようと出かけて消息が絶たれるが、その中でも人類の正義を信じようと語るお母さんの声で上巻が終わる。理想的だが戦争を予見できなかった両親、誰にでもある勉強の悩みや友人とのトラブルなどリアルに迫ってくる展開から目を離せずに読んでしまう。