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夢を掘りあてた人ートロイアを発掘したシュリーマン

 

夢を掘りあてた人―トロイアを発掘したシュリーマン (岩波の愛蔵版)

夢を掘りあてた人―トロイアを発掘したシュリーマン (岩波の愛蔵版)

 

 もうすぐ8歳になるクリスマス、父親から贈られた『子どものための世界歴史』に、燃えさかるトロイアが描かれていたことが、シュリーマンの人生を決めた。貧しい牧師の息子が、ホメロスの著した古代ギリシア世界を事実と信じ、それを見るためにひたすらに掘り続けた結果、空想の物語ではなかったことを証明し考古学者としても認められる。
その生涯は、幸運と不幸に繰り返し見舞われた。最初の不幸は9歳のときに母親を亡くしたこと。家を出されて小売商の小僧となり働きくたびれて死んだように眠る日々。トロイアの夢を見ることもなくなっていたある晩、酔っ払った粉屋職人が店にやってきて、ホメロスの『イーリアス』を朗々と暗誦したのだ!クリスマスの興奮から8年、シュリーマンの心に再び夢の灯がともる。後に、ベルリン名誉市民権を得て帰国した際、この職人との再会がさらっとだが感動的に触れられている。
さて再びの決意から、42歳で発掘の道へ入るまでの足固めの期間がすごい。夢をかなえるためには莫大なお金が必要と考えて、まず商人としての成功を目指す。シュリーマンはドイツ人だが、商取引の相手の言語を次々と習得して商談を勝ち取って行く。英語、フランス語、オランダ語スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語・・・最終的には15か国語を話したという。さらにシュリーマンには、権力者やマスコミを上手く利用する計算高さもあった。また発掘の道へ入ってからは、47歳のとき結婚した30歳下のギリシア人の夫人がともに発掘も行い、その貢献が素晴らしい。シュリーマン自身の固い信念に加えて、彼の夢をともに信じてくれたこの夫人とそして初恋の少女、2人の女性の存在も大きかったように思う。ゆえに、68歳の旅先でひとり亡くなった最期は、少し寂しさを感じた。伝記小説とのことで、作者あとがきには、本文に書きこめなかった事実が多少述べられている。
ところで、訳者の大塚勇三さんも語学習得への努力を惜しまなかった方だそうで、翻訳”すべき”作品を見つけると、そのために独学でその言語を学び翻訳に取り組んで、7か国語も身につけたとか。目的が先にあってから独自のやり方(本を丸暗記する)で語学を身につけたというシュリーマンの姿に、大塚勇三さんが重なりました。