児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

桜の木の見える場所

 

桜の木の見える場所 (児童単行本)

桜の木の見える場所 (児童単行本)

 

10歳のマファルダは目の中に霧がある。一万人に一人がかかるスターガルト病というのだそうだ。そしてこの霧がだんだんひどくなり、暗闇になってしまうのが怖い。学校には大好きな桜の木がある。その桜の木が見える距離がだんだん近くなっていくのが怖い。桜の木に登るのが大好き、そこで子ネコも見つけたし、ルーマニア出身だという用務員のおばさんエステッラとも出会った。目が見えなくなる不安を打ち明けると「大切なものリストを作るといい」と、アドバイスしてくれたエステッラ。こっそり聞いてしまった両親の「あと半年で見えなくなる」という会話。いつの間にか溝ができてしまった友だちと、思いがけず仲良くなったフィリッポとの関係。大好きな本の主人公みたいに一生木の上で暮らすために、目が見えなくなる前に、桜の木の上にすみかをつくることを計画するのだが、助けてくれるとあてにしていたエステッラが急にいなくなった! 不安を抱えながらも、自分にとって本当に大切なものは何かを懸命に考え続けるマファルダの姿が印象的。著者は、実際にこの病気になり、現在は進行が止まっているが、失明の恐怖と実際に闘っているというだけに、描写はリアル。もし、自分がマファルダだったら、とつい考えてしまった。 

ぼくの草のなまえ

 

ぼくの草のなまえ (福音館の科学シリーズ)

ぼくの草のなまえ (福音館の科学シリーズ)

  • 作者:長尾 玲子
  • 発売日: 2017/02/10
  • メディア: 単行本
 

NHKラジオに「子ども科学電話相談」というのがあります。幼い子の質問に電話で、つまり話し言葉だけで説明するのはとても難しそうで、専門家の先生方は四苦八苦されているのが伝わってきます。この絵本に出てくる太郎くんとおじいちゃんもそんな様子です。
ある日、チューリップのプランターの中に白い花の雑草を見つけた太郎くん。さっそく、植物に詳しいおじいちゃんに「名前をおしえて」と電話します。そこでおじいちゃんは、その草の特徴について3つ質問をして絞りこむことに。1つ目草の茎のようす(つる性か自立しているか)、2つ目葉っぱの形、3つ目葉っぱのつき方です。「オランダミミナグサ」か「ハコベ」の2つに絞れたところでおまけの質問、葉っぱに毛が生えているかどうか。そしてとうとう「ハコベ」と判明。さすが頼れるおじいちゃん!なのでした。刺しゅうの挿絵が見事で、草を描き分けるだけでなく太郎くんとおじいちゃんのいきいきした会話が聞こえてくるようです。夏の草編『ざっそうの名前』もあります。   (P)

 

カガク力を強くする! 岩波ジュニア新書

 

カガク力を強くする! (岩波ジュニア新書)

カガク力を強くする! (岩波ジュニア新書)

 

理系科目がイマイチで大学入試直前に理系から文系へと志望変更した著者。だが新聞記者になり、正確な記事を書くため常にウラをとる習慣を身に着ける中で、それがカガク力でもあることに気付く。疑う、確認する、再現する、そんな姿勢は何が正しいのかわからないままに振り回されそうな現代だからこそ一層重要。日本では文系の官僚や経営者が権力やお金を握っているけれど、それを支えているのは実際のテクノロジーを開発している理系の人たち。こういう人たちや、その人たちの業績にももっと光を当てたいと考えます。大事なのは「もっと知りたい」という好奇心。言われたことを鵜のみにせずに自分なりの答えを出す姿勢。でも、問答無用で校則に従わせようとしたり、空気をヨムことを強要される今の中高生にはこれがなかなか大変かも。でも、大人だって不安で未来が予測できない現代だから、自己防衛のためにもカガク力をアップして欲しいと思いました。 

さて、一カ月岩波ジュニア新書を読み続けてみましたが、正直ちょっとシンドイ時がありました。けれども、ふだん関心を持っていなかった分野で思わぬおもしろい作品を発見することもできました。ジュニア親書読めという課題を出されてしまった中高生のみなさま。いつも関心がある分野の本を手に取るのも良いですが、普段は関心がなかった分野に目を向けるのも一興。また、いきなり絞らずに、数冊抱えて最初だけでも読んでみましょう。今回31冊連続読みをしてみましたが、最初からこれは! と思った本はやはり面白かったです。私は我慢して最後までイマイチと思った本も読みましたが、合わない本は無理せずに。思いがけない出会いがあることを願っています。

グローバリゼーションの中の江戸 岩波ジュニア新書

 

岩波ジュニア新書の中の”〈知の航海〉シリーズ”の1冊。日本学術会議からの「学術への招待状」として発足したシリーズ。「鎖国」と言われる江戸ではあるが、当時は鎖国という概念がなかったこと。当時の日本が、新大陸発見で南アメリカから銀が流入し、日本がそれまで国際貿易で頼りにしていた国産の銀の価格が崩れ「負け」て、国際競争に敗れる。だが、その「負け」をチャンスとして輸入を停止して自国生産に切り替え、それにより自国に優秀な労働力を育てた、という見方は、発想を180°変えられる興味深い指摘だった。秀吉の朝鮮侵略の後、捕虜を返し、国交を回復した家康。そして、制限しつつも一定の国を選んで交流を続け、だが、国内は基本自給自足と徹底したリサイクル社会を気付いた江戸時代。単純に西洋(植民地主義)の真似をした日本よりも、この時代を高く評価している著者の視点は中高生にも知ってもらいたいものだと感じた。 

ご近所のムシがおもしろい! 岩波ジュニア新書

 

ご近所のムシがおもしろい! (岩波ジュニア新書)

ご近所のムシがおもしろい! (岩波ジュニア新書)

  • 作者:谷本 雄治
  • 発売日: 2012/02/22
  • メディア: 新書
 

ムシというのは、昆虫に虫編の蛇や蜥蜴ついでに亀など小動物も含めた著者の表現。子どものころからムシ好きだった著者が田んぼ、池や川、畑など場所ごとに様々なムシとの出会いやエピソード、観察のやり方を紹介してくれている本。元々コラム的に書いていたものをまとめたために、小さな読み切りエピソードになっているので、あまり本が好きでない子どもたちにも読みやすいだろう。自分の興味をもったあたりから読み始めても大丈夫。エピソードの幅は広く、例えばミミズが役に立つことを述べた中でクレオパトラはミミズの有用性を知っていて、国外持ち出しを禁じた、などと言うのまである。気楽に楽しく読める一冊。 

南方熊楠 森羅万象を見つめた少年 岩波ジュニア新書

 

 著者は中国文学専攻。『南方熊楠全集」校訂を行ったという経歴。内容の大部分はアメリカやイギリスでの熊楠の足跡。明らかに異常な行動も多いが、ちょっと前までこうした行動はバンカラとして問題にされなかったのか? 家からの仕送りで暮らし、結局のところは学校というワクに順応できず、経済的な自立は帰国後もできないも同然の熊楠(それでも結婚して子どももいるのは当時という時代と、弟の援助!)。たぶん自閉症スペクトラム症のような感じではなかったかと思われる。実は、読んでいて困惑したのは、熊楠の奇行や苦学については詳しいが、どういう業績をしたのかがよくわからなかったことだった。何となく熊楠というと粘菌というイメージで、そのことは書いてあるのだが、粘菌についてどんなことをしたのか? どうやら科学だけでなく人文的な教養もありそれを融合した論文も書いたこともわかるが、結局何をした人なのかよくわからない。私の読みが悪いのだろうか? 読者の中には、私同様に熊楠への予備知識のない中高生も多いと思う。もう少し、最終的に何をし、どういうところが評価されたのか記述して欲しかった。

ブッダ物語 岩波ジュニア新書

 

ブッダ物語 (岩波ジュニア新書)

ブッダ物語 (岩波ジュニア新書)

 

 出版年より見ると同書の出版時、中村氏は80代後半! この本では「最後の旅」「入滅」部分の執筆を担当していますが、多少はブッダの最後に思いを重ねるところはあったでしょうか? さて、物語、とあるとおりブッダの生涯を、その伝説的なエピソードをつなげてたどる本。ゲームの伝説の勇者じゃないけれど、生まれる前から前世で功徳を積み、その清らかな姿で他を圧倒していく様子はスーパーマンのよう。だが、不出来な弟子や、臆して近づけない人物にとりわけ心をかけたり、死の直前、きのこ料理の中毒で体調を崩すが、それを捧げたチャンダが責めを負わないように気にかける姿勢などは、超人的なイメージの中のブッダの優しさを見る感じで微笑ましい。神話や昔話の感覚で気軽に読んでみた方が素直に読める本だとおもった。