児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

恋する熱気球

 

 短編5編が収録。「オルゴール」は小5の時隣に越してきた箱森さんとぼくのはなし。家の前に置かれていたオルゴールを、出ていった母のものではないかと思って拾ったのに、自分のかもしれないから時々見にきたいと彼女が言い出してはじまる付き合い。ぼくはしょっちゅう恋をするけど、箱森さんは全然しない。中学3年になったぼくが箱森さんと「内縁のきょうだいになろう」と提案するラストの味わいがいい。「放課後ビブラート」は3歳からやってきたバイオリンの限界を突然知ってバイオリンを川に投げ捨てたら、バイオリン奉納のお礼として変な神に変身する魔法少女能力をさずかる星野美樹。「二兆千九百億」は4回も結婚した父がうっとおしく、夢精する自分も嫌になる大也。「わたしを見ないで」は、ふと気づいたら孤立していて、このまま誰にも見られたくないと自分がカプセルに入っていると思う”わたし”。そして「恋する熱気球」は、ある日イケメンの若い先生と目が合ったとたん、着火してふわふわ浮いてしまい。なんなんだとパニくる柚乃子の物語。それぞれのカラマワリするような感じがなんだか心当たりがあるけど、それを軽やかな形に描いているのが良かった。

兄の名は、ジェシカ(2021課題図書 高等学校)

 

兄の名は、ジェシカ (アニノナハジェシカ)

兄の名は、ジェシカ (アニノナハジェシカ)

 

サムは4歳年上の兄ジェイソンが大好きだ。政治家のお母さんは現在大臣で、首相候補と言われて忙しいし、お父さんは秘書としてそんなお母さんを支えていてやはり忙しい。いつもそばにいてくれ、難読症のサムを助けてくれたサッカーが得意でカッコよくて自慢の兄だ。なのにある日、ジェイソンは「自分は女性なんだ」と言い出した。サムは大混乱。両親も、一時的な思春期の病として治療できないかと医者に連れていく。サムは兄のせいで「お前も女なんだろう」という執拗な嫌がらせをされ、辛くてたまらなくなり、兄が伸ばしていた髪をこっそり切ってしまった。それで兄が戻ってくれるように思ったのだ。だが、兄はそれをサムがやったとは思わず、家を出て母親とは正反対の自由奔放な叔母の家にいってしまう。折から母に首相に指名されるチャンスが訪れるが、そこで兄がトランスジェンダーであることが政敵から暴露され、大混乱が起きる! イギリスを舞台に、ごくふつうの中学生14歳のサムの視点から、兄の意外な告白へのショックと混乱。だが、それまで大好きだった兄の気持ちへの理解。息子を理解できずに対立するが、それをネタにしたバッシングの中で、逆にもう一度大切なものを見つけていく両親。兄を異常者、原因は母親が仕事をしていたせいと偏見に満ちた攻撃をしてくる社会の姿を描いている。簡単には理解できなかったサムが「兄さんの名はジェシカだ」と言い切るように成長していく姿が、説得力をもって描かれている。自分とは違う人間を排除するのではなく、認め合いたい。 

科学者になりたい君へ(2021年課題図書 高等学校)

 

科学者になりたい君へ (14歳の世渡り術)

科学者になりたい君へ (14歳の世渡り術)

  • 作者:佐藤勝彦
  • 発売日: 2020/10/22
  • メディア: 単行本
 

 著者の研究者としての自伝的な内容。京都大で大学院を修了し、東大で名誉教授にまでなりさまざまな要職を歴任するという経歴なのだが、できすぎじゃないのとそれに反感を感じることもなく読み進められたのは著者の感覚がバランスが取れているからではないかと感じた。自分がしてみたかった研究への夢、偶然のチャンスに助けられた若い日、特に若手時代に直面した苦労を語るだけでなく、現在でも問題が残っていることも率直に述べ、さらに現在は研究者というよりいろいろな組織に携わっている中で、それの解決方法を提案しているので、とても現実的な人間という印象が残る。基礎研究の重要さ、軍事研究に手を染めてはいけないという当然のことも、当然として発言している。コロナの中で、感染者はアメリカやヨーロッパに比べたら少ないのに医療が破綻しそうになったり、ワクチンが遅れているようすを見ていると、政治に科学が振り回されているようで怖くなるが、私たちが、国民としてそれをきちんと監視することで科学者の科学的な知見を応援したいと思った。

牧野富太郎 日本植物学の父(2021年課題図書 中学生)

 

自然科学系の児童書の企画・編集・執筆を行っているという著者による伝記。牧野富太郎といえば植物図鑑の有名人だが、きちんとした教育を受けていない独学の研究者であったことを初めてこの本で知った。豊かな商家に生まれ、両親と祖父を早く亡くすが、祖母にかわいがられて好きな植物学に夢中になり、ついに故郷の土佐出て東京で植物学の研究に打ち込むことになる。当初は彼を快く受け入れた東大も、自分で本まで出すようになると彼を排除する動きが出る。さらに祖母の死により実家からの仕送りも消えて窮乏するが、追いつめられると救いの手が伸びて、研究の場や資金援助が与えられ、94歳まで生きて植物学の基礎をまとめる。妻の壽衛(すえ)の献身にも支えられて、研究の生涯をまっとうするのだが、牧野の個性が、植物が好きで好きでしょうがなくて、とてもユーモアにあふれていたことが語られる。これは、お坊ちゃま育ちで、苦労せずにかわいがって育てられたせいではないかしら? 偉大な業績をあげたけれども、学歴はなく、学歴に興味もなく、結局のところ好きなこにはまったオタクとしての牧野富太郎といと感想文は書きやすいのでは? 東大出入り禁止事件とか、裏でドロドロがあったかもとも思いますが、そこはあまり踏み込んでないのは児童書ゆえかも、でした。 

アーニャは、きっと来る

 

アーニャは、きっと来る

アーニャは、きっと来る

 

 スペイン国境の山にあるフランスの小さな村、羊飼いのジョーは12歳だが、一度も村から出たことがない。父親は第二次世界大戦の戦場に送られ、ドイツ軍の捕虜になってしまったが、戦争は遠い世界だ。ところが、羊を追う野原で熊を見つけ、村が総出で熊狩りの騒ぎとなった日に、どこか見覚えのある見慣れぬ男と出会った時から事件が始まる。男は、かつて一度山を訪れた親子の父親だった。気難しやで嫌われているオルガータばあさんの娘婿でユダヤ人。自分が助けたユダヤ人の子どもと共に、ひっそりばあさんのところに隠れていたのだ。逃亡の途中で娘とはぐれたが、娘のアーニャがきっとこの祖母の家にたどり着くと信じて待ちながらユダヤ人の子を助ける活動をしていたのだ。だが、こんな僻地の村にもドイツ人がやってきた。国境警備が目的。とはいえやってきたのはくたびれた感じの高齢の兵士が多く、穏やかだった。当初は反感を感じていた村人たちだが、徐々に打ち解けるようになってきた。ドイツの伍長の娘が空爆で死んだという報がもたらされると、ジョーは伍長に同情を感じないわけにはいかなかった。一方で国境警備は強化されているのに、ユダヤ人の子どもたちは徐々に増えて来た。オルガータばあさんと若いころに親しかった祖父も、いつの間にか逃亡計画に加担。父ともう一人が釈放されて帰ってきたが、結核に侵され、心も病んでいた。だが、なんとかしてユダヤ人の子どもたちを助けようという逃亡計画の大詰めで、家族は団結し、父親も気力を取り戻す。そして村中が協力して、夏の放牧のための一大行事を装い、ユダヤ人の子たちを村の子に紛れて山の上に連れていく計画が決行される。ドイツ軍の目の前を行く牛や羊の群れを追う村の子に扮したユダヤ人のこどもたち。果たして計画は成功するのか、そしてアーニャは? と最後までドキドキしながらひっぱられるようにして読んでしまう。決して戦争を望んでいなかったドイツの高齢の兵士。だが任務となった時には、占領軍兵士としての姿しか見せることができない。戦争は、攻める方もまた悲劇であることを教えてくれる。

with you ウィズ・ユー(2021年課題図書 中学生)

 

with you (くもんの児童文学)

with you (くもんの児童文学)

 

 悠人は中学3年生。受験を前に部活を引退したが夜のランニングを続けている。兄の直人は優等生でトップクラスの高校に進学。悠人は、兄より下の高校を志望。兄は努力が足りないと怒るが、母は黙認だ。父が家を出てからあまり気力がない。兄に比べて放置されている気分がぬぐえない悠人は、ランニングで気分を発散している。ところが、夜の公園で暗い雰囲気でブランコに乗っている少女を見かける。2度目に見かけた時、つい気になって声をかけるが、隣の中学で一つ年下の朱音だった。なぜあんなに暗い様子なのか? 少しづつ距離が縮まる中で、実は朱音の母は病気で、家事のほとんどや小さい妹の面倒を見なければならず、疲れ切っていることがわかってくる。福祉の仕事をする母から、そういう子はヤングケアラーと言うのだと教えてもらった悠人。少しでも朱音に寄り添いたいと思うが、朱音は他の子と違いすぎる現状の中で、つきあいたいと言ってきた悠人を拒絶する。当初、兄に比べられて激しい不満を抱えていた悠人が、実は兄は兄で悩んでいることや気を使っていることがあること、気楽な性格だと思っていた友人にも祖母の介護にかかわったヤングケアラー体験があったことなどを知って少しづつ変わっていく。中学生の初恋、今話題のヤングケアラー問題などを描いて読みやすいし、感想文を書くとっかかりが多いので、書きやすそう。ただ、朱音の悩みの本当に辛い日常の介護描写がないので、ヤングケアラーの日常が雰囲気しかわからないのが残念。

サンドイッチクラブ(2021課題図書 中学生)

 

サンドイッチクラブ

サンドイッチクラブ

  • 作者:長江 優子
  • 発売日: 2020/06/26
  • メディア: 単行本
 

 中学受験のために進学塾に通う珠子は、成績は低迷、なぜ私立に行きたいのかも迷っていた。同じ進学塾の羽村ヒカルは塾でもトップの成績優秀者。偶然のことからヒカルと言葉をかわした珠子は、葉真という年下の男の子とヒカルが砂の彫刻を競う審判者にされてしまった。砂? と思う珠子の前で、ふたりはそれぞれみごとな作品を作る。そして珠子は、そのおもしろさに惹かれてヒカルと組んで砂の彫刻づくりを始めることになった。砂の彫刻家シラベさんに教えてもらいながら、徐々にのめりこんでいく珠子。ヒカルは、急に戦争について語りだしたり、自分の家にお金のないことから突然キレて珠子を振り回す。平凡な女の子と、ちょっとエキセントリックな女の子の組み合わせや、砂の彫刻という題材でなかなか楽しく読ませてくれるが、ふりまわされている珠子が、とっとできすぎ感を感じてしまったりした。ちなみにタイトルは珠子→タマゴ、羽村→ハム、砂→サンド からくるもの。でも表紙がおいしそうなサンドイッチなのでお料理をめぐるおはなし? と、思ってページをめくるとちょっとあてがはずれるのでご注意!