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子どもたちの戦争

 

子どもたちの戦争

子どもたちの戦争

 

 イスラエルレバノン侵攻、中米エルサルバドルの内戦、アフリカのモザンビークでの子ども兵士、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦、そして最後はアメリカのワシントンDCで黒人が住むスラムでの銃とドラッグ問題。いずれも大戦とよばれるような大掛かりな戦争ではないが、だからこそ忘れられがちな大きな悲劇を扱っている。平和で豊かな日常がいきなり奪われる。子ども自身が、親を殺さなければ自分が殺される状況の中で洗脳され兵士となる、仲良く暮らしていた隣人が、いきなり自分を殺す敵になり、平和なはずの国の中で進行する絶望。読んでいて感じるのは、このような殺戮はなぜ起きて、なぜ止められないのだろうか?ということだった。この中で、一度兵士となった若者が(あるいは銃を持ったスラムの若者が)中によってみんなから恐れられ、常に優位に立つ快感から戦後抜け出せないことが描かれていた。尊重されない、希望がないという中で、他者を痛めつけることでしかプライドが保てないのは、今の日本のヘイトスピーチやアキバ事件などと通じるものかもしれない。これを読んで、戦争は恐ろしく、してはいけないこと。というような通り一遍な感想から一歩踏み出して、自分がこの中の一人だったらどう感じるか? また兵士は何を感じて殺戮するのか? を考える中で解決の方法を見つけていきたい。それにしても、アメリカの事例の中で荒んだ環境の中でも懸命に高校をちゃんと卒業して、学校のチアリーダーや行事をがんばったのに父親が母親を殺し、親戚の家にいて未来への展望がない少女の「いい子にしていても、なんにも、いいことなんてなかったのよ」という発言は、今の日本の子どもたちの現状にも通じるようで1997の発売当時より、今の中高生の方が共感を持ちそうに思う。