児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

極北の犬トヨン

 

極北の犬トヨン

極北の犬トヨン

 

 政治犯としてシベリア送りとなった20歳の著者が、途中で立ち寄ったヤクート人のグランと出会う。そこで、足が不自由ではあるが、ふしぎな魅力をたたえた犬トヨンと出会う。グランがまだわかかったころ、その飼い主だった老人の死に目に立ち会い、生まれたばかりのトヨンと、孫のダーンを引き取ってから、家にはよいことが続く。賢いトヨンを立派な猟犬として仕込む日々。勝気でダーンと仲良くなるグランの娘ナータ。不思議な予知夢で先を見通すグランの妻アンナ。トヨンの賢さや、妻としたシロへの愛と、シロをうしなった時の悲嘆などまるで人間のよう。厳しい自然の中で、素朴に生きるヤクート人の生き方と重なり、とても面白い。

ふたりのイーダ

 

ふたりのイーダ―子どもの文学傑作選

ふたりのイーダ―子どもの文学傑作選

 

直樹とゆう子の物語。母親が取材旅行に行くために夏休みの直樹は、2歳の妹ゆう子とともに、母親の実家の花浦(広島に近い?)に行く。そこで、直樹は「イナイ、イナイ、ドコニモイナイ」と言いながら道をカタカタと歩く小さないすに出会う。その直後、実家のすぐ近くに廃屋がありそこがイスの家だとわかるのだが、ゆう子はその家に入り込み、自分の家のようにふるまう。いすは、ゆう子を自分が待っていた「イーダだ」と喜ぶが、直樹はそこに謎を感じる。昔、この家にアンデルセンの「イーダの花」のおはなしが大好きで「イーダちゃん」と呼ばれていた小さな女の子がいて、いすがその子を探していることがわかる。ゆう子も「イーダ」と呼ばれているが、それは「イーだ!」と嫌がるようすだからだ。女の子はどこへ行ったのか? 近所のりつ子さんというお姉さんの助けを借りて、直樹はその謎を解いていく。原爆をテーマとした有名な作品だが、読んでみると、イメージ(小さなイスがカタカタとだれかを探す、廃屋のまわりのかいずかの生垣が、ねじれて呪いの炎のように見える)が鮮烈だが、それを受けた物語は、やや説明的に感じた.。直樹の視点で語られるが、直樹が作者に近いのではないだろうか? 意外に面白いのが母親の造形で、たぶん本人の自画像だろうが、子どもを放り出して取材に行って元気いっぱいという母親像は、いまだに少ないかもしれない。 

きれいな絵なんかなかった

 

きれいな絵なんかなかった―こどもの日々、戦争の日々 (ポプラ・ウイング・ブックス)

きれいな絵なんかなかった―こどもの日々、戦争の日々 (ポプラ・ウイング・ブックス)

 

 絵本作家アニタ・ローベルが子ども時代を振り返ったノン・フィクション。ホーランドの裕福なユダヤ人家庭に生まれるが、ナチス侵攻により危険にさらされる。まず父が身を隠し、次にアニタも弟と共にばあやの田舎に隠れることになる。この姉弟を献身的に支えるばあやが魅力。カトリックとしてユダヤ人に反発を持ちつつ、どんな中でも姉弟を守ろうとし、二人も慕ってやまない。だが、親戚中すべてがゲットーに送られ、偽の身分証明書で生き延びていた母親が田舎に来たことがきっかけで、ついにゲットーへ、一時修道院に隠れるも強制収容所へという体験に追い込まれる。弟と二人、子どもとして安全に暮らしたい、守られたい、おいしいものを食べたいという切実な思い。過酷な中で疑いの塊となり、後から逃亡チャンスを逃がしたことも知る。やっと解放され、スウェーデン結核療養所で大切にされる暮らしを取り戻した満足感。結核が治癒して出される時の不安感、両親と再会するものの、落ち着いたスウェーデンからアメリカに向かうことになる不満など、当時の思いが切々と伝わってくる。この本の魅力は、アニタがかわいそうな子どもではなく、怒っている子どもであることだろう。強制収容所行きの列車の中で、大きいほうがしたくなり、なんとか窓から出すことに成功した満足感。止められてものどが渇くんだ! と水を飲む必死さ、他の収容者への不満、療養所を出ていやいやいったはずのポーランドの子ども用施設で、ポーランド料理を食べた満足感。学校に行ける喜び。絵に夢中になり、褒められたうれしさ、長所も短所もある女の子の生きる力にゾクゾクした刺激を受ける。ちなみに、当時のアニタ一家を受け入れた寛容なアメリカ社会への感謝とアメリカ国民としての誇りが最後に書かれているが、今のアメリカを悲しんでいるのでは・・・

シャクルトンの大漂流

 

シャクルトンの大漂流

シャクルトンの大漂流

 

 絵を中心としたシャクルトン物だが、文字数は多いので、よみきかせに使う本ではない。絵の雰囲気は、バージニア・リー・バートンをちょっと連想した。大画面いっぱいの氷の海、かと思うと乗せた備品のこまごまとしたイラストと、見ているだけでも楽しい。文章でも読んでいたが、実際にエンデュアランス号が破壊され、小さなボートで逃れていく様子をビジュアル的にみると、大丈夫?とより実感できる。最後に、エンデュアランス号を支援するために南極を目指したロス支援隊のことが書かれている。同じく氷に閉じ込められ、こちらは命を落とした方もいたとのこと、合わせて語られるべき事項だと思う。最後に掲げられているシャクルトンの言葉「たったひとつの真の失敗とは、そもそも冒険をしようとしないことだ」は、ちょっとかっこいいです。

バルト 氷の海を生き抜いた犬

 

バルト: 氷の海を生きぬいた犬 (児童書)

バルト: 氷の海を生きぬいた犬 (児童書)

 

 流氷にのったまま流され、川からバルト海にでてしまった犬を、船の人が助け、以降、その船で飼われるようになったという実話を絵本化。いわば「ちょっといいはなし」だがそれで終了。可もなく不可もない感じ。

夜間中学へようこそ

 

夜間中学へようこそ (物語の王国)

夜間中学へようこそ (物語の王国)

 

 今度中学に進学するゆうなは、初めての中学生活に、ちょっと緊張している。ところがそんな折、おばあちゃんが中学校に入ると言い出した。戦後のどさくさでろくに学校にいけなかったおばあちゃんは、ひらがなをよむのがやっと、今まではおじいちゃんが代わりに読んだり書いたりしてくれていた。だが、3年の介護の後でおじいちゃんが死んでしまったのを機に、もう一度学校にいきたいというのだ。もちろんゆうなとは違う夜間中学だ。家族はびっくり、とくにおばあちゃんの子どものお父さんは、いまさら夜に勉強に出かけて苦労しなくてもと渋い顔だが、いつもひかえめなおばあちゃんの言葉にゆうなとお母さんが味方をする。だが、通学早々、おばあちゃんは足をくじき、一人で電車に乗るのがおぼつかなくなってしまった。両親共働きの中、ゆうなは、成り行きで、おばあちゃんの通学をサポートすると言い出し、夜間中学に足を踏み入れることになる。そこには、やはり高齢のおじいちゃんや、ゆっくりとしか理解できない女の子、不登校の男の子がいるが、それ以上に多いのが、日本語を学びに来ているさまざまな国の人たちだ。徐々に生徒たちと仲良くなる中で、昼間は働いていることに驚いたり、戦争とはどういうことだったかを知る。ある意味、いかにも、な題材だが、まっさらなゆうなの視点のおかげで気持ちよく読める。

ファニー 13歳の指揮官

 

ファニー 13歳の指揮官

ファニー 13歳の指揮官

 

実話を基にしたも物語。三姉妹の長女ファニーは、しっかりもので妹たちの面倒をみる習慣が身についていた。ユダヤ人でフランスに逃げるが、ナチがフランスにやってくる。父は嫌味な隣人の密告のせいでつかまり、母も間もなく逮捕させるが、ファニーは決死の覚悟で刑務所の門番に訴える「どうしてドイツ人のごきげんとりをするの? フランス人のくせに! もしあなたが子どもで、お母さんが牢屋に入れられていたら、どうする?絶対あいに行くでしょう?」幸運にも、この言葉に心を動かされた門番のおかげで、母親は釈放される。だが、結局親子は別れ、子どもたちは子どもの施設に隠された。ファニーはそこでも妹たちを守り、みんなに頼りにされる存在となる。さらに密かにレジスタンスの連絡係さえしてのけた!だが、そこも密告されスイスに逃れることになる。ところが途中の駅でナチスが多くいるのを見た17歳のリーダーがパニックを起こして子どもたちを放置して逃げだしてしまう。ファニーが12人のリーダーとなりスイスに向かうこととなった。落ち着いて、小さい子に不安を与えないようにふるまいながら、瞬時に決断して難局を乗り越えていくファニーの姿は魅力的。それはスーパースターではなく緊張しながらの必死の姿でもある。一度はナチの手におちながらのチャンスをつかんで逃亡し、ついにスイスにたどり着く。最後に、実際の人物のその後があるが、ファニーの両親も、逃亡を助けてくれたサロン夫人など多くが殺されてしまったと知ると恐ろしい。