児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

図書館のはじまり・うつりかわり 図書館のすべてがわかる本1

 

図書館のはじまり・うつりかわり (図書館のすべてがわかる本)

図書館のはじまり・うつりかわり (図書館のすべてがわかる本)

 

図書館の歴史を古代からたどる本。だが、わかるようでわからない部分が残るのだが、これは歴史的に不明ないのだろうか? たとえばP14の図書館のはじまりで、アッシリアの図書館。粘土板の本だけど、どうやって閲覧したんだろう? また、一番気になったのは、開架式と閉架式の違いで、「図書館員がたのまれた本をもってくる」としか書いてないが、これで現代の小学生はすぐイメージできるだろうか? カードで読む本を探して、出納票に書いて持っていき、受け取った本は館外に持ちだせずに館内の閲覧室で読むという流れは、「もってくる」ではわからないと思う。自由に手に取り、貸出ができる図書館がどんなに画期的であったかは、もう少しちゃんと伝えたい。石井桃子氏の業績に触れられているのはうれしいが、現在のふつうの公共図書館を、半ページでも最後に入れてまとめをしても良かったのでは? 

ねこの町の本屋さん ゆうやけ図書館のなぞ

 

 ねこのまちのクララさんは、おもて通りに引っ越してきて本屋さんを始めますが、お客がきてくれません。近くのパン屋のリリアさんから犬の村に楽しい図書館があって、リリアさんの子どもがそこで本に夢中になっていると聞き、犬の村に行ってみますが、図書館は閉まっているうえに荒れた感じです。子どもたちもサッカーで遊んでいます。ところがゆうやけが出ると、みんなは「ゆうやけ図書館に行こう」といいます。灯がともり、音楽が流れ、らくがき絵本コーナーがあったり、かみしばいの部屋があったりで楽しそう。ここは郵便局長のおばあちゃんが館長だったが、亡くなってしまい、局長がゆうやけの日にそっと鍵を開けてくれるとのこと。クララさんは、家に帰ると、本をテーマ別に並べ、おしゃべりじゅうたんコーナーを作ってリニューアルします。読めば読むほど、友だちがふえる、本は友だちだから、それが「本のひみつ」とクララさんは思いだしたからです。 というおはなしですが、実は私は読んでいて混乱しました。挿絵がかわいらしいので、子どもたちは手にとると思うのですが、私だったらまずゆうやけの日しか利用できない図書館は絶対イヤです。それと、クララさん、図書館やりたいの? 本屋やりたいの? 本屋だったら、本を販売して収入を得なければならないのですが、収益について考えられているように見えません。だいたい、利用してもらいたいなら中にいないで、子どもたちのところに出ていってPRすればよさそう。実際、夕焼け図書館で子どもたちと会ったらその後に子どもたちは本屋にきてくれますが、改装で閉めています。なんだか、楽しそうなイメージで作者が満足しているだけに見えてしまいました。

ぼくは本を読んでいる。

 

ぼくは本を読んでいる。

ぼくは本を読んでいる。

 

 主人公の「ぼく」ことルナは5年生になったばかり。仲が良かった安田と同じクラスになれて、互いにうれしい。同じマンションで幼馴染のナナとも同級になった。転校してきたカズサ(一紗)は、あいさつで本好きだと言って、実際に本を良く読んでいるのがなんだかいい感じで仲良くなる。互いを名前で呼び合い、ルナときちんと対話するリベラルな雰囲気の両親は、ひこ・田中氏が1991年のデビュー作でも描いていたような両親の姿だが、今の方が子どもたちにはしっくりくるのだろうか? 物語は「本部屋」と呼んでいる本がたくさんある部屋で、ふとカバーがかかった古い本を見つけたルナは、それを読んでみようと思い立つところから動き出す。どうやら両親のどちらかが子ども時代に読んだ本と思われる。「小公女」「あしながおじさん」と物語を読みながら、安田とナナ、カズサと語り合う日常と、その中で両親やまわりとの関わり合いをとらえ直して少しづつ成長していく姿を描いているのだが、ここでメチャクチャ気になることがある。「小公女」「あしながおじさん」のネタバレまで含めて紹介している是非だ。こういうところで紹介されている本って読みたくなるものだが、初めて読む時にはネタバレされたくない(少なくとも私は)。だが、この本の全体的な雰囲気(字が多く、長目)は、高学年の良く読んでいる子か中学生あたりが手に取りそう。ようするにこの2冊など当然読了済の子たちが対象としたら、読書会仲間との会話のようでこれもアリかも。

イースターのたまごの木

 

イースターのたまごの木 (児童書)

イースターのたまごの木 (児童書)

 

 1958年刊のコルデコット賞受賞作。イースターの朝、みんなはうさぎが持ってきてくれたイースターの卵をさがしますが、初めての卵探しで、ケイティは一つもみつけられません。とうとう屋根裏まで探しに行くと、古い箱にきれいな卵をみつけました。それは実はおばあちゃんが子どものころに作ってしまっておいた卵だったのです。おばあちゃんは、それを木につるしてすてきな卵の木を作ってくれ、みんなが見に来てくれました。日本ではまだなじみがないイースターですが、卵さがしや、卵に絵を描く楽しさが伝わってきます。個人的には、子どものころ教会学校イースターで卵に絵を描くのが楽しみだったのを思いだしました。

マンゴーとバナナ まめじかカンチルのおはなし

 

マンゴーとバナナ―まめじかカンチルのおはなし (アジア・アフリカ絵本シリーズ―インド)

マンゴーとバナナ―まめじかカンチルのおはなし (アジア・アフリカ絵本シリーズ―インド)

 

 まめじかのカンチルとさるのモニェは、仲良しです。二人とも食べるのは大好きだけど、食べ物さがしはめんどうだからキライ。ある日、大好きな果物を育てればいいと思いついて、カンチルはマンゴーを、モニェはバナナを育てはじめ立派にどちらも実った。だけど大変。カンチルは木に登れない。モニェは木に登ったが、あんまりおいしいのでついつい食べてしまう。このままでは大変だとカンチルが一計を案じます。小さいけれど賢いカンチルのおはなしは楽しい。本の最後に、この絵本の絵に使われているカラムカリという伝統染めについても触れられていて興味深い。

数学をきずいた人々

 

数学をきずいた人々

数学をきずいた人々

 

 ユークリット、デカルトニュートン関孝和の4名について紹介している。さ・え・ら伝記ライブラリー21『数学をきずいた人々』新装版。視点がおもしろいのだが、文章が読みにくく感じた。よみにくさの原因は普段から児童向けの本を書いている著者でないこと、おもしろさの原因は数学史の専門家なので伝えたいと思っていることが明確である点ではないかと感じた。子どもに語りかけるように丁寧に書こうというまじめな姿勢があるが「そういえばみなさんは・・・(略)・・・正三角形・正方形の作図法などを知っているでしょう。そういうことはもちろん幾何のなかまにはいります。けれどもほんとうに幾何といえるためには、知っているだけでは少し足りません。」というような文章は、正直くどい気がした。「正三角形や正方形の正しい書き方だけが幾何ではありません。」くらいの方がテンポがよいのでは? だが、一方古代ギリシアの哲学の論理性が数学を理論的に進めることに役立ったこと、和算が滅びた理由など内容はとても興味深かった。せっかく新装版にするなら、文章も、実際子どもの意見をきいて直してほしかったと思う。

池のほとりのなかまたち

 

池のほとりのなかまたち

池のほとりのなかまたち

 

 「ヒキガエルのジム」「カミツキガメのジョン」「ハタネズミのチャーリー」など小さな池のほとりで暮らす小動物たちが次々に主人公として活躍する物語8編が収録されている。主人公以外でも飛び込みの技を磨くユニークな脇役ゲンゴロウのローランドくんやら、みんなの間を転々とするロック錠ありとそれぞれの物語がゆるく関係し合い、和気あいあいと暮らしている様子が伝わってくる。長い本を読むのが苦手だけど動物好きな子に勧めてみたい。