児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

鳥 新訂版(講談社の動く図鑑MOVE)

 

冒頭に、「飛べる」のと「羽毛をもつ」ことで地球上のどこにでも住むことに成功した「すごい動物!」とある。今まで鳥をそんな風に思ったことがなく、ふだん図鑑をあまり見ない私ですが、監修者である川上和人さんの文章が、ラジオで子どもに解説する時の対話術そのもので、興味を引かれました。

5㎝という小ささから3mのものまでいる体の大きさや、恐竜としか思えないビジュアルに驚いたり、色とりどりであるその姿、そして庭をつくって果実や花を美しく飾って求愛するといった生態が、視力のよさが関係すると知れば納得だったり、誰かに話したくなる発見があります。15編ある「深堀りコラム」解説など、図鑑も立派な”読書”と実感。

「〇〇ともよばれる」という通称などが、索引で引けるとよいと思いました。 (は)

旅するわたしたち On the Move

 

足で歩くことから始まった人の旅。

旅の歴史は、乗り物の発明により海や空や宇宙へ、また最高峰へ深海へ。

その目的も、貿易、征服、探検や、楽しみのための観光に、祈りのための巡礼や・・・。

ところで、旅するのは人だけではない。鳥や動物のわたりや大移動。風や水、種の”旅”もそう。旅は何度も始まり、つづいてゆく。

グラフィックで表現したウクライナの作品。本文と別に豆知識的な説明があり、中学生くらいから興味深く見そうと思いました。 (は)

時の旅人

 

ロンドンから転地療養のため田舎の農場に来たペネロピー。ある日、屋敷の2階に、古い衣装の貴婦人たちの姿をみる。

その日以来、ペネロピーは、そこが荘園屋敷だった16世紀の世界と現在とを度々行き来し、囚われのスコットランド女王メアリーを救おうとする領主アンソニーをはじめ、バビントン家の人々と心を通わす。

そして、”時の旅”を経る中で、歴史を変えられずとも、人が生きるつづけることの強さを知り、自分のものとしてゆく。

作者が幼い頃を過ごした農場を舞台に、自身が見た夢をもとに歴史的事件を織りこんだ物語。ハードカバー版(小野章訳・評論社)にはない、章扉の挿絵がイメージを広げてくれます。 (は)

不登校でも大丈夫

 

小3で不登校になったこの人は、学校に戻らなかった。いじめや学力不振など決定的なきっかけはなく、学校や教師の求める姿に合わせてしまうことに、「自分が消えてしまいそう」で苦しくなった。

不登校になることは、人生の早い段階での「少しばかり厳しい選択」ではあったけれど、学校に行かなかったことで「困ったこと」は「一度もない」と言いきる。

むしろ。「好きなことが出来ることとして伸び」、「子どもの時間を『大人になるための準備』としてではなく、ただ子どもとして過ごすことだけに集中できたこと」が、とてもよかったと。

また、この人にとってのいくつかのいい出会い。変わり者とみえた6年の担任とは友情が生まれた。映画「十五才 学校Ⅳ」制作に体験記を寄せた関わり。型を持たない華道会の師匠によって開かれた世界。

「未来が真っ白だということは、実は誰にとっても同じ、当たり前のこと」、過去は「今や未来の在り方によって」変えられる、とわかっていれば、学校に行けないことで苦しむ子どもを必要以上に追いこまないで済む気がします。
著者は1983年生まれ(刊行時35歳)。  (は)

居場所がほしいー不登校生だったボクの今

 

刊行時24歳(1994年生まれ)の著者は、中学1~3年にかけて不登校に。

きっかけが理不尽でがく然とする。担任にぬれぎぬの”指導”を受け、「卑怯者」とどなられた。苦しんでいた当時の描写が非常にリアルに迫る。

でも、クラスメイトからの「待ってるよー」というメールに救われ復学。そこからの挽回がすごい。高校、大学進学。学生仲間と始めた「十人十輝(といろ)」の活動。196か国の若者が集うOne Young Worldへの参加。その後、日本事務局公式アンバサダーのほか、中高での講演会、NHKラジオ出演など。

やはり、勉強ができるって、日本の学校に居場所を得やすいのだなとは思う。そして、当時の心情(親の側も含めて)、状況を振り返る表現力や、就職活動にあたっての自己分析のすばらしさ。結果、この人は、就職せずに自分を生かす仕事をつくりました。

こども食堂ならぬ「不登校ご飯」や、お寺での「生きづらいフェス」開催などユニークな取り組み。学校に「行っている」「行っていない」ボクではなく、「ボク」と話してくれる大人がいてほしい。「教室の居づらさ」は、登校できている生徒も感じている。「親の心を楽にする」ことが必要、などの示唆が、周囲の大人の読むべき本だと思います。 (は)

2ひきのカエル そのぼうきれ、どうすんだ?

 

大きな池のすいれんの葉の上にカエルが2匹。1匹が、棒きれを抱えもう1匹にそのわけを尋ねる。

犬が飛びかかってきたらやっつけるため。

でも犬なんていないし、こんな広い池を泳いでくるはずもない、と言い返すと、もしボール投げの世界チャンピオンが水泳チャンピオンの犬に向かって池のボールを「とってこい!」と言ったらどうする?と。

そんなあるかわからない心配のために、と大笑いしていると、アオサギが舞い降りてきて2匹をパクリ!!

ところが、例の棒がつかえたせいで、2匹は危ういところを命びろい。そしてカエルたちは、新しい棒きれをさがしに森へ入っていった。

するとそこへ・・・ボール投げの世界チャンピオンが水泳チャンピオンの犬を連れてやってきて、ボールを池に投げて言ったのだ。「さあ、ボールをとっといで!」。

前半は、2匹のカエルの変化のない構図。カエルたちの会話が伏線となるので、会話をしっかり聞きとる必要がある。おもしろさがわかるのは高学年から。 (は)

みつけたぞぼくのにじ

 

雨もようのある日、窓の向こうにみえた虹を追って、外へとびだしたぼく。

やがて空想の世界で、にじくんと遊ぶ。すべり台のようにすべったり、虹のハンモックにねころんだり、かくれんぼをしたり。

ふと気がつくと雨ぐもの切れまから太陽が顔をだし、にじくんは消えてしまった。

うちへ帰ってみると、窓の中でなにかが光ってる。部屋の中に飛びこむと、金魚鉢の水をとおして、かべに虹色のひかりが。ぼくはまた、にじくんに会えたんだ!

このラストを見て最初の場面に戻ってみると、ちゃんと窓のそばに金魚鉢が置いてあります。 (は)