児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

にじ

 

にじ (かがくのとも絵本)

にじ (かがくのとも絵本)

 

 にじの裏側はどうなっているの? 横から見ると? という問いかけの中で、にじはおひさまを背中にしたときしか見えない、と語られる。あまり意識していなかっただけにちょっとへぇ~と思った。逆に、それを利用して虹を作る方法が紹介されていますのでやってみましょう。

小さい水の精

 

小さい水の精

小さい水の精

 

 

 

 水の精の赤ちゃんが生まれてお父さんは大喜び。すぐに成長した小さい水の精は、元気いっぱいないたずらっ子になります。コイのチプリヌスおじさんには叱られることも多いけど、水の中に捨てられたゴミをためこんだのを使って、魚を釣る人間にギャフンといわせる仕返しをしたり。水車小屋の樋を滑り落ちて遊んでいるうちに、スピードを上げたくなって水門を上げて大騒ぎを起こしたり、人間の男の子と仲良くなって一緒に遊んだりと楽しく暮らします。プロイスラーのデビュー作で、元々娘たちに語ったお話とのこと。なるほどとドラマチックではないけれど、毎日少しづつ読んであげたら、実際に水の精がいて、友だちになったような気がするでしょう。

水 めぐる水のひみつ (科学のアルバム)

 

 宇宙から地球を見下ろす大きな視点から始まり、徐々に焦点を合わせていくように日本に、そして雪解けの地上に移る。雪が大地を直接の寒さから守り、また、雪解けとなることが貯水池の役割を果たしていること、雨が降る仕組みや植物への恵み、そして川の流れから地下にしみ込んだ水のことや温泉までと広く扱っている。初版1978年だが、そのまま使える内容を保っている。

水のぼうけん

 

 

 山に降るった雨が地面の上を流れたり、浸み込んだりしながら小川となり、大きな川へそして海へと流れていく様子を描いた本。絵本形式ではあるが、やや文章が多く、画面が小さめなのでよみきかせではなく、グループ学習でみんなで見る感じに向きそう。アメリカの本なのでコロラド川のグランドキャニオンの事例があがっているが、大水による洪水被害も取り上げられていることや、川を汚す危険が述べられていることは日本の状況でも重要。川下りをする子どもたちの気分で楽しんでよめる。

ピチャン、ボチャン、ザブーン

 

 犬と男の子を道案内に、海辺から始まり水蒸気になって雲になる水、雨となり川を流れて浄水場を通って家庭へ、下水を流れ浄化されて海へ還るまでを描く。循環し、私たちの暮らしの中で使われる水のようすがよくわかる。絵もユーモラスで温かみがありよい。

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち

 

 彼氏や家族からDVを受け、居場所がない中でキャバ嬢や援助交際をしながら生き延びる沖縄の少女たちへのインタビュー。10代で、場合によっては中学生で妊娠や出産に追い込まれ、子育てをしながら働く。著者は、どのようにすれば彼女たちを助けられる社会になるのか? を考え、できるだけ同じ視点に立ちたいと願う立場でインタビューを行っている。16歳でできちゃった婚をした後、離婚するが養育権を奪われキャバ嬢をする優歌は、またDV男につかまり妊娠するもなんとか別れて一人で子育てに入る。ある意味、これが幸せな子の事例であることが恐ろしい。翼と美羽もキャバ嬢だが、翼は美羽の助けでDV男から逃れることができる。翼が殴られたときに駆け付けた美羽が「大丈夫」などとは言わず、自分もDVメイクをして翼を笑わせる場面がある。本当に相手の立場に立つことのできる美羽はすごい。鈴乃はDV男との間に子どもができ、妊娠中を殴られ、早産となって障がいがある子どもが生まれるが、その子をきちんとケアして守り、ついに男のもとから出てキャバ嬢をしながら高卒資格、看護師資格をとって自立していく。この彼女の背後に、彼女の妊娠出産のときに、励まし続けた看護師たちの姿がある。亜矢はレイプ被害にもあい、その後もいろいろな男と付き合って妊娠し、著者が中絶につきそう。京香も15歳で妊娠出産、キャバ嬢で育てるが堀師のルイと出会って幸いにも家庭を築いた。春菜も恋人を自分が体を売った金で養い続け、やっとのことで別れるも売春の過去との折り合いに苦しんでいる。彼女たちの様子を見ていると、沖縄の出生率が高いのがわかる気がする。望まない妊娠でも、子どもを懸命に支えて育てる女性たち。また、暴力の連鎖。中学早々で不良化し、行き場を失う少女たちをどうすれば守る社会ができるのだろう。少なくともそれは、簡単に自己責任だと切り捨てる社会ではないと思う。

ベン・イェダフダ家に生まれて

 

 地味な造本だが、読み始めると一気に読んでしまった。イスラエルが建国された時、民族の共通言語が必要だとしてヘブライ語を現代によみがえらせようとしたエリエゼル・ベン・イェフェダ。彼の長男ベン・ツィオンは、ヘブライ語だけで育てるという方針の下で、家の中だけで育てられる。大きくなるにつれて、なぜ友だちと遊べず、外に出てはいけないのか苦しむベン・ツィオン。聖書の言葉であるヘブライ語を俗語にするなど冒涜だという周囲のラビからの攻撃。母デボラは懸命に夫を支えながら息子に愛を注いでくれたが、激しい信念に生きつつも、日常生活ではなにもできない夫を、自分や子どもはパンだけでも夫には肉を食べさせて耐える貧しい生活と度重なる出産に心身をすり減らし、若くして亡くなってしまう。他の子と遊びたくて家を抜け出し、言葉が通じないことでバカにされ、ショックを受けるベン・ツィオン。学校に上がることでやっと他の子どもたちの中に入るが、特異な父の存在のため、たびたびトラブルに見舞われる。勝気で、優秀なベン・ツィオン自身もともすれば暴走しがち! エボラ亡き後、彼女の妹ヘムダが二度目の母となり一家を支えてくれ、物語はベン・ツィオンが父の思いを受け止めフランス留学に旅立つところで終わる。偉大なことをなしとげはしたんだろうけど、やっぱこの父親、異常。少なくてもそんなに学問に献身しているなら、ここまで妻を妊娠させない注意位すべきでは? 一人で突っ走らず、複数の協力者の共同育児位できなかったのか、とか思わずいろいろ思ってしまった。ユダヤ家父長制の傲慢さかも。いろいろ思わされるが、迫力ある作品であることは間違いない。