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命の水 チェコの民話集

 

命の水: チェコの民話集

命の水: チェコの民話集

 

チェコのグリム」と称される民俗学者で詩人のエルベンが収集した民話、民謡、詩、ことわざ、なぞなぞなどを21編収録。生誕200年にあたる2011年にチェコで刊行され、原書もプラハ在住の出久根育さんによる挿絵である。チェコの特にボヘミア地方のほか、ロシアやブルガリアスロヴェニアといったスラブ語圏のものが含まれている。
気楽に読み始めたところ、3つ目の「宝物」で心理的恐怖に迫られてとても恐ろしかった。復活祭前の金曜日の礼拝に幼い息子を連れて出かけた母親が、異界に入りこんで財宝に目がくらみ息子を失ってしまう。悲嘆の1年を過ごした後に息子とは再会するが、それまでの母親の引き裂かれるような思いが身につまされすぎて、なんともいえない後味が残る。バラッド(物語詩)の非常に短い文章と会話文がいきいきと場面を展開させるので、気持ちが追い立てられるように感じるせいか。韻を踏んでいる原文では、テンポやスリル感はもっと増すと思われる。ほかのバラッド作品「婚礼衣装」「ヤナギ」も恐い話。訳者の阿部賢一氏のお話を聴いたところ、人間の抱える闇や残酷性を描くことで光としての善や美しさに思いを至らせる、エルベンやチェコの国民性の特徴ではないかとおっしゃっていた。
死人を生き返らせる命の水のモチーフは、表題作のほか「金色の髪のお姫さま」など複数に出てくる。また表紙の絵は「物知りじいやの三本の金色の髪」の1場面で、人間を食べる太陽の家に主人公が潜んでいるところ。太陽は恵みの喜びの一方で恐ろしい力をもつ存在に描かれることがある。民話のほかチェコの民族性を伝えるものとして、ボヘミア地方などで復活祭明けに子宝を祈って行われる風習を紹介する「ポムラースカの由来」や、プラハ旧庁舎に設置された天文時計について説明した「旧市庁舎の古いチェコの暦時計」なども収録。
出久根育さんの想像力をかき立ててくれる挿絵が、本当に素晴らしい。