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ある晴れた夏の朝(2019課題図書中学生)

 

ある晴れた夏の朝

ある晴れた夏の朝

 

 夏休みの予定を決めかねていたメイは、コミュニティーセンターのイベントのディベート出場者の一員としてスカウトされる。テーマは原爆投下は是か非か、否定派に加わることになったのだ。だが、4歳からアメリカ育ちのメイは正直日本のことなど良く知らない。チームで必死に調べた。公開討論会は4回に分けて行われる。第1回目では肯定派が原爆は戦争を終わらせるためのしかたがない手段だったと訴えるのに対し、メイは被爆者の悲惨な映像を示しつつ、ソ連の参戦も決まり、他に終わらせる手段がない状況ではなかった点を明らかにして優勢となる。第2回目は肯定派はパールハーバーを持ちだす。それに対しての反論はできるが、中国系アメリカ人であるエミリー・ワンが、激しく迫ってくる。日本が大陸に対して行った侵略戦争での残虐シーンを見せ、罪のない市民とはこうした存在で、日本人は国家総動員法により女性や子どもも戦闘訓練をしていた。殺されたのは市民ではない、戦闘員だから当然ではないかと訴えてきたのだ。それに対して対抗意見をあげたのは黒人のダリウス。自分たちはかつて差別され隷属させられていた。日本の女性や子どもは洗脳されて戦おうとしていたかもしれないが、現実には軍の捨て駒にされた弱者だ。殺されて良かったのか?と。だが、エミリーの強烈なインパクトで、この回は肯定派有利に終わる。そして第3ラウンド。否定派は、日本への原爆投下は有色人種への差別感情があったと論証するが、肯定派のリーダースノーマンは、意外なものを持ちだして来た。日本の教科書だ。広島が軍都であったから狙われたこと、そして原爆の碑には「過ちは 繰り返しませぬから We Japanese shall not repeat the error」と、自分たちが悪いことをしたという反省が書かれている。日本人自身が、原爆が落とされたのは自分たちが悪かったから仕方ないと認めている、と主張し、メイも混乱に陥った。そして肯定派が大きくリードする。だが、メイが家でこのショックを母親に話すと、その英訳は間違っていること、日本語は主語が明示されていないが、この主語は日本人ではなく人類であると説明される。最終回、肯定派は戦争をなくすのは兵器ではなく、一人一人の善良な判断であること、差別が相手を殺す正当化として使われてはならないこと、そしてメイが母から教えられた人類は核兵器を使ってはいけないことを主張する。そして、なんと肯定派の一人ユダヤ系のナオミが、それに共感してくれたことで、否定派の勝利に終わる。ディベートの手に汗握る攻防、さまざまな背景がある人々の主張と、読みどころも多いのだが、正直、作者が自分でディベートを組み立て、それにキャラクターを振って展開した感じも否めなかった。中国系のエミリーが南京大虐殺を憎み、ユダヤ系ナオミはユダヤ人虐殺を怒ってドイツの同盟国としての日本を批判しているが、主人公だからから、かもしれないが、メイの気持ちが丁寧に描かれているのに対し、エミリーとナオミがステレオタイプに感じる。登場人物が、作者の操り人形に見えないようなもう一工夫があったら、たとえばエミリーが感じた日本人の侵略と南京大虐殺への憤りの原泉について描かれていたら、もう少し違ったものとなったのではないかと思う。