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スクラッチ(2023課題図書中学年)

 

2020年4月に中学生3年になった千暁(かずあき)と鈴音(すずね)を中心に繰り広げられる春から秋の物語。つい最近経験したコロナ下の息苦しさが描かれた作品なので、今の中学生なら共感をもって読めるだろう。千暁は美術部の男子で絵は抜群にうまく、成績も優秀。だが、人とコミュニケーションを取るのは苦手だ。今の家には5年前に引っ越してきた。それまで住んでいた家は洪水の被害で住めなくなってしまい。その混乱の日々が続いた中で、母親はなんとなくおかしくなり、いまだ立ち直っていない。一方、鈴音は女子バレー部のキャプテン。いつでも元気いっぱい。中学生活最後の総体がなくなったことで、激しく落ちこむ。大学生になった姉も帰省してきたが、まずは2週間の自室隔離だと部屋から出てこない! 不満で爆発しそうだ。そんな折、千暁は美術の仙先生に絵を描くことは「楽しいか?」と聞かれた千暁は、絵を描く意味に混乱、そんな時に、鈴音がミスで千暁が描いていた50号(1167mm×910mm)の大作に墨を飛ばして汚してしまった。鈴音はあわてて千暁をよんできて謝ると、千暁は絵を真っ黒に塗りつぶし始めた! 驚いて泣きながら鈴音が謝ると、千暁はその姿を塗りつぶした上からスクラッチ(ひっかいて下地を出す)技法で浮かび上がらせた。千暁はスクラッチで塗りつぶされたこの黒の中から何かをつかみだすことを決意する。一方、鈴音も不満に目をむけるのではなく、せいいっぱい楽しくてたまらないバレーボールに打ち込むと切り替える。コロナによって進路を考え直す子、未来がはっきりわからなくても、ともかく目の前のことをやりながら進むことを決意する子、中学生群像がさわやかに描かれている。課題図書としては、自分のコロナ経験を重ねやすいので、これを選ぶ子が多いかも。まだ、コロナ下の子どもをテーマとした児童文学はあまりないと思うが、10年、20年と残るような作品が出るとよいと思う。