児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

財政から読みとく日本社会 君たちの未来のために 岩波ジュニア新書

 

まさか財政問題がこんなに面白いとは! 専門的な内容を、具体的にわかりやすく示し、しかもそれが現在の社会や自分の生活と直結しているのを教えてくれる本。日本の財政が問題化した歴史的な背景や現状についてとても良く分かった。しかも、それが知識にとどまらず、「税金の無駄遣い」の犯人探しや分捕り合戦のような分断社会を立て直すための、「共感できる税」という考え方で分断を乗り越えていこうという提言は、ある意味哲学といってもいいかもしれない。

いきなり結論に行くのではなく、まず問題なく日本社会がまわっていた時の状況を押さえている。「勤労国家」の枠で自助努力と自己責任を大切にする。勤労し、貯蓄して子どもの教育費・病後・老後に備える。それを「奥さん」、地域社会、企業が支えているという中で小さな政府でも問題がなかった。税の総額を抑えるために理にかなっていたこの制度が、経済成長が止まりお金(税)が足りなくなっても税を増やさないことに気うあまり、ムダ使いバッシングに向かっていく。税が役に立っている実感がなく、みんなが不安に駆り立てられて、税負担増で自分が損をすることの恐怖で、他人を監視する「人間を信頼できない社会と自己責任」という悪循環が生まれてしまった。そこから抜け出し、他人に共感して、誰もが受益者になれる社会をめざすというのが著者のプランだ。説明されてなるほどと十分納得できるが、特に大人は過去の成功体験があるだけに、日本全体でこの考え方を共有していく道はまだまだ遠そう。中高生たちに期待したい。 

レギュラーになれないきみへ 岩波ジュニア新書

 

レギュラーになれないきみへ (岩波ジュニア新書)
 

 野球部の強い学校ほど部員は多く、したがって補欠も多い。3年間一度も試合に出してもらえない選手だっている。そんな彼らの部活動はどんな意味を持っていたのか? 有名選手の本はあるが、そんな無名のレギュラーになれなかった部員等に焦点を合わせた本。著者も元学生野球の経験者で、「補欠の力」など他にも同じテーマを追求した本がある。高校時代にうまくいかなかったがプロのチャンスをつかんだ松原聖弥。期待されてプロに入りながら低迷しクリケットに転向した山本武白志。レギュラーになれなかった球児に試合チャンスを与えるプロジェクトを企画し、それによって野球部全体の活性化を成功させた塩見直樹。試合に出場しないキャプテン岩本淳太、補欠から抜け出せなかった経験を活かして社会に出て26歳でIT社長の座をつかんだ須田瞬海。自分の経験を活かしたマンガで成功する”なきぼくろ”。東京六大学初女性主務として部員を見守る小林由佳など多彩な内容。印象的だったのは最後の「奇跡のバックホーム」を生んだ矢の勝嗣の事例。彼を起用した監督は「あいつなら失敗しても、それまでの練習に取り組む姿勢を見ていたので「あいつがやったんなら仕方がない」と納得できる。」として彼を機よ王したとのこと。結果は大切だけど、失敗した時にみんなが納得させられる力はさらにすごいかもしれない(ちなみにこの時は成功)。全体に、勝つことや自分がレギュラーになることは大切だけれど、それ以上自分が不遇であっても周りをうらんだり、他人を引きずり落とすことを考えるのではなく、野球を楽しむことを忘れずにさいごまでやりきった人間が舞台を変えて花開くチャンスを手に入れていく姿が気持ちよかった。レギュラーにはなれなくても部活が大好きな子にとって励まされる作品。

お城へ行こう! 岩波ジュニア新書

 

お城へ行こう! (岩波ジュニア新書)

お城へ行こう! (岩波ジュニア新書)

 

 著者は専門の研究者ではなく、小学校2年生からお城に魅せられたという女性ライター。それもあって、初心者にわかりやすくワクワクする雰囲気で書いてあるので読みやすい。特にお城は戦う拠点で、いかに攻められにくく、反撃しやすいか、罠を仕掛けやすいかを考えて作られているから、お城に行ったら、どう攻めるか? どう守るか? を考えながら見てみるのが良い、という提案に納得。シンプルでわかりやすいアドバイス。築城の変遷や石垣のパターンなども要領よく紹介されているし、最後には実際のお城に沿った見どころ解説もある。この本を持ってお城に行ってみたくなる本。ただ、新書という形式のため写真や図版が少なめ。特に実際のお城にそった説明は、もう少し詳しい図や写真が欲しいと思った(全体の図はある)。もっとも、だからこそ実際のお城に行って確認してみたいという気持ちになるのかもしれませんね。お城初心者にお薦め。

戦争時代の子どもたち 瀬田国民学校五年智組の学級日誌より 岩波ジュニア新書

 

 1944年4月から45年3月まで、滋賀県大津市の瀬田国民学校5年生の女生徒が描いた絵入りの学級日誌を題材にして、当時の雰囲気と、この学校のユニークな教育実践を伝えてくれる本。ただ、どちらかというと“教育実践”に比重が強く、中高生(この日誌を書いていた小学生)が、時代の違う同年代の子ども時代の思いに迫る面は弱く感じた。徹底した皇民教育、戦争に協力することが唯一正しいことであるという社会の中で、まじめにその時代の要請を受け止める子どもたち。「勝ち抜くぞ」「にくいにくいB29」等々、戦争に全力を捧げ、疎開の子どもたちにも親切にしようとする子どもたち。その中で皇民教育を強制されながらも、できうる限り、子どもたちを尊重し、褒め、教科書だけでなく生きる力を育てる総合教育をしようとした矢嶋校長と担任の西川先生。学校が、圧力を増す社会の中でも、子どもたちを守りうるかということを考えた。できれば、実際この学級日誌を書いた子どもへのインタビューがあったら(西川先生への聞き取りあり)、教師ではなく子どもの思いがもう少し伝わったかもしれない。同調圧力がますます強い現代社会での教育のヒントとして、むしろ親や教師にお薦めの本かもしれない。

詩のこころを読む 岩波ジュニア新書

 

詩のこころを読む (1979年) (岩波ジュニア新書)

詩のこころを読む (1979年) (岩波ジュニア新書)

 

 岩波ジュニア新書発刊の年に出た本。中高生に薦めたい詩を「生まれて」「恋唄」「生きるじたばた」「峠」「別れ」というカテゴリーに分けて紹介。はからずも生まれ、成長し、恋をし、働き、老い、死んでいく人生の流れに沿った編集となっている。今から約40年前の本であり、面白いことに詩は古びて感じられないが、茨木氏の地の文に古びたところができている(例:駅の伝言板に・・・などの描写。今の中高生には何のことかわからないかも。また当時のまだ社会が安定した雰囲気)。著者が詩人であるだけに、同じ詩人として親交のあった岸田衿子氏の素顔を書き添えたところなどは楽しい。こうした本は、さまざまなタイプの詩に出会えることが魅力。素直に書かれたわかりやすい入門書としての本だが、1979年ごろにはあった人生プランが崩壊しつつある現在、同じ詩を取り上げても、新しい読みがでてくるかもしれないと感じた。それをやるのは、今の中高生読者だろうか?

シルクロードの大旅行家たち (岩波ジュニア新書)

 

張騫(BC167?~BC114)公式に中国からパミール高原外までのルートをたどった人物。玄奘(602?~664)こちらはご存知三蔵法師。ルブリック(1215?~1270?)ルイ9世の命を受け、コンスタンティノーブルからクリミア半島に上陸、ユーラシア大陸を横断してモンゴル帝国の首都カラコルムに達し帰還。マルコ・ポーロ(1256?~1323)は「東方見聞録」で名高い北京まで行った、親子2代に渡る交易ルートを求めたヴェネツィア商人。イブン・バットゥータ(1304~77)中世アラブに生まれ、アフリカ、ロシア、インド、中国の北京に至る大旅行を結果的に行った。プルジェワリスキー(1839~88)ロシアの中央アジア探検家。オーレル・スタイン(1862~1943)ハンガリーで生まれ、ドイツ、イギリスで学問を重ねユーラシア大陸の探検と発掘調査でアジアとヨーロッパのつながりを明らかにした探検家。以上7人をその探検をメインに描いた本。近年になるほど探検と実際の調査がメインとなり、ストイックな学者として探検に携わっている(ブルジェワスキーやスタインは生涯独身)ようすがわかる。未知の世界への好奇心や順応性、他の文化を尊ぶ態度が彼らを探検者として成功させているように思う。また、記録の大切さ。これらの人々が伝わっているのは記録を残しているから。そして前人の記録に刺激されて後の探検家がうまれていくようすは興味深かった。この本を読んで探検家にあこがれる子がいたら楽しいと思う。 

王様でたどるイギリス史 (岩波ジュニア新書)

 

王様でたどるイギリス史 (岩波ジュニア新書)

王様でたどるイギリス史 (岩波ジュニア新書)

  • 作者:池上 俊一
  • 発売日: 2017/02/22
  • メディア: 新書
 

ローマ人が撤退した後のイギリスの七王国時代から現代まで、王様がどう変わったかをたどりながらイギリス史を紹介する本。ヨーロッパの国々とはちょっと異なる道を選びつつ、王様はヨーロッパと関係あり(フランス系だったり、ドイツ系だったり)という摩訶不思議なイギリスのようすを要領よく紹介している。ちょっと驚いたのはマクベスは、実際のスコットランド王(それも、そんなに悪くない)だったことを始めて知りシェイクスピアって歴史作家なのだと改めて思いました。アーサー王伝説からの騎士好き文化。外国から来た王ゆえの土地のジェントリーの台頭による議会政治の発展。フランス王などのように王権神授説を築けなかったために、イギリス国教に向かう。ロビン・フット伝説を王も好むことで、庶民との距離を近づけることを成功させるなど、なるほどと納得する点が多かった。しかし、仕事を卑しいとさげすみつつ、下層階級は働くことを奨励する階級社会や、支配した国を分断統治するやり方。屈服させれば親切になるが、それまでは苛烈という指向性など良識を持ちつつ大きな矛盾を抱えている英国の姿が良く分かった。長年にわたり、国民と一定の距離を置きつつ、親しまれるという離れ業をしてきた現在のイギリス王室。窮屈な日本の皇室よりは自由そうです。