児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

戦場の秘密図書館~シリアに残された希望~

 

シリア内戦下のダラヤ。政府に対抗する過激派の街とされていたが、そこには民主化を求めるごく普通の住民たちが住んでいた。自分が住んでいた街を捨てたくない、そんな住民たちが作ったのは廃墟にカムフラージュされた秘密図書館。食べ物さえも不足がちな封鎖された街の中で、本を読むことで希望をつなぐと言うと、一見きれいごとのようだが、実際に学ぶ場が無くなり、過酷な空爆に直面した心を広げるために、本を読みたくてたまらなくなるというのは妙なリアリティがある。また、図書館を批判する人間と話していて、実はほとんど字を読めないなど学ぶ機会がなかったことに気が付き、そういう人たちへの学習機会を設けることで変わっていく。これは、戦争全体にもいえることではないのだろうか? 国際的な取り決めのせいで、援助をしたくても何もできない著者のあせり。知り合った若者が戦闘で亡くなったことを知るショック。政府軍に破れ、全員が街から退去しなければならなくなるという結末。だが、かつて秘密図書館を支えたマーリクとシーハダが、そこをでた後も子どもたちのために図書館を作ろうと考え、移動図書館を作ったというエピローグに救われる。本に親しみ、自由に考える子どもたちが育ちますように。

タスキメシ 箱根

 

前作では高校生だった早馬は25歳。病院の管理栄養士を辞め紫峰大学の院で運動栄養学を学ぶために入学した。同時に、同大学の駅伝部のコーチアシスタント兼栄養指導をたのまれて引き受けることにした。監督の館野は、穏やかな性格だが、箱根駅伝初参加を目標にしていた。国立の同大学は、粒ぞろいの選手はいない。だが新4年生には欲はないが実力十分の森本、彼と共に頑張るキャプテンの千早など有望な選手がそろっていた。弟春馬オリンピック出場をめざし頑張っている。だが、千早は早馬の存在が気に入らない。自分ができなかった夢を託されたくない、とつっかかった千早に対し、早馬は逆に、プロにあこがれながらもなれず夢をひきずる自分の未来を自分に投影しているのではないか? と指摘する。「努力は、裏切る」という早馬。そこには大学時代に何度も駅伝選手に手が届きそうになりながらもケガで挫折してしまった辛い体験があった。そして千早はあろうことか箱根駅伝の予選会でアキレス腱炎で棄権することになってしまった。努力だけではどうにもならないジレンマと、それでも努力する思い。自分が何のために走っているかという一事は、とりわけ駅伝というチーム競技の中で燃え上がる気がする。出版は2019.11で、ラストは2020東京オリンピックでもうすぐマラソンが始まる場面。さすがに、コロナでこのオリンピック開催中止までは予期できなかったのでしょうが、作品のできには影響を与えていません。

ミシンの見る夢

 

洋服は家で縫った時代、きちんとした裁縫師ではなく、裕福な家に、通いで出かけて仕事をするお針子の仕事をしていた祖母。家族をコレラでなくし、祖母に引き取られた主人公は7歳から針を持つ。手に職をつければ飢えずにすむ。学校には行けなかったが、祖母の配慮で字を学ぶチャンスを得て、少しづつでも学んでいく。通いでさまざまな家に行き、さまざまな出会いをする。一人娘として自由に育てられたエステル嬢は、開明的で主人公を常にはげましてくれる存在になってくれた。ある大金持ちの家庭は、だれにも言えない秘密のために破滅する。進歩的女性ジャーナリストとして活躍するミス・リリーは、母国アメリカに帰ろうとした直前に不自然な“自殺”をした。魅力的な青年グイドとの出会いに心惹かれるが、彼の正体は思いがけないものだった。おおよそ100年位前の、貧富の格差が激しく、女性の地位も低かったイタリアの小さな街で、自分の腕に誇りをもって生きる少女の成長物語。『わたしのクオレ』の作者による、とても魅力的なYA作品。

むこう岸

 

山之内和真は、成績は良かったが、運動神経はイマイチだし、同級生とは微妙に話が合わなかった。医師の父は、そんな和真に中学受験を勧め、猛勉強の末に私立名門校に入ったが、結局授業についていけず中学3年から公立に入りなおした。その学校で出会った佐野樹希は勝気な女の子。父が借金を残して死に、母親はまもなく出産したが体を壊した。病気がちの母と小さな妹を抱え、生活保護を受けているが、同級生にそのことで馬鹿にされて自ら体操着に「生活保護」と書くような子だ。樹希の救いの場になっているのはカフェ「居場所」。ここのマスターは、無料でいさせてくれる。樹希になついている中1のマルコは、離婚した父が黒人で外見からいじめられているが、おとなしく、言葉を話すことができなくなっていて成績は最悪。偶然和真を助けた樹希は、彼をマルコの家庭教師にしようと思いつく。始めて見ると、人に教えるのは不思議と楽しかった。だが、母の具合はますます悪化、高校を出たら就職しかないという未来に夢がみられない樹希は絶望的な気分になっている。そして高校受験でリベンジしろという父の圧力に和真は苦しむ。全く違う生活環境の二人が、少しづつ互いに理解しあっていく様子がよい。樹希が友人エマの社会学者の叔父のおかげで、生活保護でも進学のためならアルバイトで貯金ができることなどを知ることで未来に希望を持ち始め、生活保護は「投資だ」といわれてプライドを取り戻すようすはとても良い。ただ、同時に今後改善が期待できない受給者(例えば高齢者)のような有望な投資先とはいえない相手にも生活保護は必要。そしてむしろ和真のほうが父親とうまく意思疎通した解決の道が最後までうまく見えていない感じなのがちょっと気になる。がが、権利としての生活保護制度や、受給者が問題のある人間ではないことが自然に納得できる感じに描かれていて、かつ読みやすい感じがおすすめできる。

世界でいちばん優しいロボット

 

3人の仕事を紹介。「ゆめはパイロット」の石原紳伍は、くし焼き屋の家に生れ、学生時代はラグビーに熱中。就職してからは営業を経験する中で、自分の会社も営業先の店も利益をあげる営業を考えるようになる。独立後、偶然コロンビアで質の良いカカオに出会い、チョコレート専門店を立ち上げる。カカオはコカの産地と重なることを知り、コカ栽培に手を染めなくても良いように継続契約や、その地での学校設立支援などを行う。「魚をにがす漁師」は神奈川の齋田芝之さん、アナゴの筒漁で成功するが、漁獲が減る中で水産技術センターと協力。小さいアナゴを逃がし、大きなアナゴだけがとれる筒の開発に成功する。大きな穴ではアナゴがとれないのでは、という漁師の反発と机の上の研究的な要素も残る研究者が歩み寄り、共に実地研究をして、納得して小さなアナゴが逃げられるワナを開発するところがよい。穴が大きい罠は水はけが良いため、引き上げ時の負担が楽になるなど理想ではなく現実的なメリットで人を動かすのはとても大切! 「世界でいちばん優しいロボット」は引きこもりを経験した吉田健太郎が、ものづくりは好きだったことから、それを活かして工業高校に進み、さらに孤独から救われる仕事を考えるようになる。その中で「分身ロボット:オリヒメ」の開発を始める。病床から離れられない子どもが、家で家族と過ごす気持ちを味わえ、体を動かしたり外出できない病人や障がいのある人が外を出歩く喜びを知り、分身ロボットで仕事を経験する。この内容はニュースできいたことはあるが、なるほどこういうことだったのかと読んでみてやっとわかった。まわりを幸せにして自分も幸せになる仕事に携われることは幸運ですね。

世界を変えた100人の女の子の物語

 

見開き2ページで、意思をもって自分の夢を実現させたさまざまな女性を紹介している。クラウドファンディングで作られた本だとまえがきでわかる。できるだけ広い時代の広い地域の人を集めようとしたためだと思うが、中には神功皇后のような神話的な人物も含めた偉人もいる。ユニークなのは、2007年生れのコイ。男の子に生まれたが、自分は女の子だとしか思えないことをまわりに認めてもらい、女子トイレを使うことを裁判で認めてもらった。ここで興味をもった人物をきちんと調べよう、自分もこうしてみようというきっかけの本。

羽州ものがたり

 

東北地方の日本海側、羽州でおこった元慶の乱を背景に、この地域で育った村長の娘ムメ、孤児のカラス、都から赴任してきた小野春風の息子春名丸ことハルナ。子ども時代に友情を結ぶが、小野春風は転任。その後、無理解な領主と飢饉のため、ついに羽州は大反乱をおこす。カラスはその直前に役人からムメたちを守ろうとして反乱軍の中心となるジオの元に逃亡。反乱軍を抑えるために、再度小野春風は、人望ある藤原保則と共に秋田城へとやってくる。撤退抗戦を主張するジオたち。だがこの地方を理解し、十分な準備をしながらも住民たちと和解する姿勢を見せる彼らの姿に、村長たちは恭順した。しかし、カラスはジオの元に去る。果たして3人の友情は? 東北と都、農民と貴族それぞれの価値観や発想の違いについては現代風?で実際はもっと違うのではと思う場所もあったが、追いつめられて反乱を起こす農民を、根こそぎ殺しては貴族も困る。戦いは始める時よりも終わらせるタイミングややり方が難しい。改めて、乱の終わらせ方、という視点に興味をもった。こうしたさほど有名ではない事件を題材にした歴史物語もよい。