児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

インディラ・ガンディー(ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>)

 

 このシリーズは、下調べをきちんとして無難にまとめたそこそこデキル大学生のレポート風だが、概要を知るには悪くない。インディラ・ガンジーは、ブラーマンの名家の出で、祖父も父母もインド独立運動家。イギリスから独立したインドの初の首相となった父ネルーを、若くして亡くなった母の代わりにサポートしてファーストレディー役を務め、その死後首相となる。若い時にマハトマ・ガンジーとも親交があり、父は娘を同志として教育していた。人口爆発による食糧不足と、宗教対立による混乱のインドのかじ取り役を果たし、一度は政権を追われるも、チャンスをつかんで返り咲くというしたたかな政治家であったが、暗殺による非業の死を遂げる。時に強権政治を発動し、息子に政権を譲ろうとするなど負の部分を「困難な中でしかたがなかった」的に総括しているのが気になったが、政治家の伝記であるため、インド現代史の歴史がだいぶ理解できた。それにしても、どうしてこんなに国内が荒れるのか! ここのところ経済発展が進むインドだが、まだまだこの国はりかいできません。もう少し、インディラの負の面にも焦点を当てながら、そして彼女と対立した勢力の側も描いてくれると、もっと立体的な理解ができるように思った。

遠い親せき

 

遠い親せき

遠い親せき

 

作者の自伝的な作品。第2次世界大戦が終わり、強制収容所から生き延びることができたウーリーと弟のイグアルは、イスラエルキブツ(集団生活をする)で暮らす生活をおくっていた。母親は殺され、父親は行方不明。そんな二人あてに手紙が届く。二人の母親の姉の夫の兄、という遠い親戚にあたる人だが、二人が生き延びたのを知って連絡をくれたのだ。ウーリーはなんとかしてその人に会いに行きたいと願うがお金はほとんどない。キブツから出るトラックに乗せてもらい、途中からバスでなんとかたどりつけるともくろむが、先生にはないしょだ。深夜に弟と共に抜け出し、トラックから降りた後、夜の街で雨にあって途方に暮れ、助けを求めた家から警察に通報されるという目にあうが、なんとか身に証を立てて、朝とともに親戚の家にたどり着く。そこで暖かい歓迎をされる二人の喜びがなんともいえずほっとする。よく考えれば遠い親戚だが血のつながりもない夫妻が、過酷な戦争を生き残った縁者を大切に思うというのは切ない。それほど縁者を失ったのではないか? ウーリーとイグアルが、自分たちを受け入れてくれるかと不安な中で、到着し、一人でドアを叩けずに二人で一緒にドアを叩くところに二人の絆が、そして開かれた扉で生まれた新しい絆に希望を感じる。  

かにじょうまんの星

 

かにじょうまんの星 (子どもとよむ日本の昔ばなし)

かにじょうまんの星 (子どもとよむ日本の昔ばなし)

 

 絵から沖縄の昔話であることが推察される。昔、懸命に働いても貧乏な夫婦がいた。どうしたら貧乏から抜け出せるのか、金持ちに聞いてみようと言って、立派なお屋敷を訪ねると、そこの金持ちは星がいっぱいの部屋を見せてくれ、人はみんな生まれた時に星を授かるのだが、お前たちの星はホタルより小さい星だから貧しいのだと教えてくれた。ひときわ大きい星があったので誰の星かと聞いてみると、「かにじょうまんの星」だという。これから20年後に生まれると聞いた夫婦は、その子が生まれるまでその子の福を貸してもらいたいと頼むと、その子に返すことを条件にその人は貸してくれるといった。実は神様だったのだ、夫婦は大金持ちになったが、20年後門のところで物乞いの女が男の子を産んだと聞かされる。夫婦が飛んでいって何といういう名にしたかとたずねると、鉄の立派な門にあやかって鉄門(かにじょう)まんとした、という。夫婦はすぐさま親子を招き入れ、恐縮する女に昔の話をして親子を大切にし、家はますます栄えた、というお話。欲を出して、せっかくの福を返さないという展開になる? と心配したが、みんなが幸せになる終わりで、とても良かった。

公園ののら

 

公園ののら

公園ののら

 

 その公園にいるのらねこは、どんなに追っ払おうとしても悠々と逃げてつかまらない。花壇をぐちゃぐちゃにする、カフェのバターをなめてしまう、掃除をじゃまする、みんなカンカンだがある日、のらがいなくなってみるとみんななんだか落ち着かない。この物語の愉快なところは、のらが首尾一貫して悪びれずのららしいところだろう。途中ですごいことをするわけでもないし、さいごまでしょうがないネコなのに愛される。こういうことって実は大切かもしれない。

茶わんの湯

 

茶わんの湯 (科学入門名著全集)

茶わんの湯 (科学入門名著全集)

 

寺田氏の科学者としてのエッセイ。たった一杯の茶碗の湯から、いろいろな現象を見出したり、トンボのとまり方を見て思想的に展開していく、読んでいて驚くのは、自然のあるがままを受入れたエコロジスト的な視点で、とても面白い。 

無人島の冒険

 

無人島の冒険

無人島の冒険

 

 ハリーは14歳。父親の勧めで、3歳の時に養子でもらわれてきた9歳の弟スクープと湾のすぐ近くにある小さな無人島で二人だけの1泊キャンプに出かけた。内心、弟の世話なんかめんどくさいと思いつつ、それなりに楽しく過ごす。火は使っちゃいけないといわれたが、こっそり持ってきたマッチで小さなたき火を作ってマシュマロを焼いて二人で食べた。ところが、たき火の始末を終わり、一本の火のついた枝をなにげなく海に投げたところ、突然海が火で爆発する。流出した重油が海に流れていたのだ。小さな島は火に取り囲まれ、まもなく木々も燃え始めた。ハリーは弟を連れて必死に逃げる。寝袋を濡らして体に巻き、島で唯一木がない崖をめざすことになるのだが、崖には隠れられる小さな穴が一人分しかない! 極限の中でハリーに生まれる弟への責任感、火事に気付き、なんとか助けようとする人々などテンポよくドラマが進み読みやすい。1984年に『ほのおの無人島』として出されたものの新訳だが、旧題の方が内容を表しているといえるかも。

マッティアのふしぎな冒険

 

マッティアのふしぎな冒険 (文研じゅべにーる)

マッティアのふしぎな冒険 (文研じゅべにーる)

 

 おじいちゃんが死にそうだという時。おじいちゃんは起き上がるとマッティアを散歩にさそってくれた。川を下り、海に向かう道で、ポケットで魚を捕まえたり、じゃんけんゲームに勝って鐘楼にただでのぼらせてもらったりするうちに、マッティアは、何かがおかしいことに気づく。そう、おじいちゃんが小さくなっていくのだ。見えないほど小さくなったおじいちゃんはマッティアに吸い込まれ、マッティアは、おじいちゃんがいつまでも一緒にいてくれることを体で感じる。大切な人との別れとは何なのかが、誠実に描かれている。