おねえちゃんのはなちゃんと妹のめめちゃんは、いっしょにパリに行った時の写真を見ます。もう何回の見ています。でも、めめちゃんはそのことはおかあさんのお腹の中にいたはずなのに、自分も写真の出来事を見たと言い出しました! そんなはずはないと思いつつも、納得してしまうはなちゃん。『まぁちゃんのながいかみ』のような、広がるイメージは楽しいけれど、行先がパリというのがすごい。でも、今の子ならパリにいったことのある子もそれなりにいそうですね。
おねえちゃんのはなちゃんと妹のめめちゃんは、いっしょにパリに行った時の写真を見ます。もう何回の見ています。でも、めめちゃんはそのことはおかあさんのお腹の中にいたはずなのに、自分も写真の出来事を見たと言い出しました! そんなはずはないと思いつつも、納得してしまうはなちゃん。『まぁちゃんのながいかみ』のような、広がるイメージは楽しいけれど、行先がパリというのがすごい。でも、今の子ならパリにいったことのある子もそれなりにいそうですね。
葵は給食の時間が苦手だ。のどが詰まってうまく食べ物を呑み込めない。残さないで、速く食べなさいと急かされるとますます食べられなくなる。特に苦手なのは揚げ物。ある日、無理に口に入れたが気持ちが悪く、思わず保健室に駆け込んで履いてしまった。そこで咲子と会う。吐くのを解放してくれた咲子は、葵が食べられないことを打ち明けると、それを認めてくれた。そんな二人の前に栄養教諭だという橘川が現れる。給食が食べられないなら、どうして欲しいのかの要望書を出してみろと言ってきた。気が弱く、いつも流されがちな葵。攻撃的だが、実は問題を抱えている咲子。イスラム教徒であるため、みんなと同じ給食を食べられないこともあるラマワティ。一方で、給食が楽しみでたまらないというコッペこと久野くんもいる。給食という問題の中で、葵と咲子のそれぞれの想いが交差する。「食べるのが下手」という、周りから理解してもらいずらい問題を取り上げている。食べることは生きること、だから生きることが下手? という問題提起は、いろいろな意味で生きずラサを抱えている子どもたちには共感できる作品だろう。
靴ノ往来堂は、4代続く老舗の手作り靴屋だ。現在のマエストロは祖父。だが、夏希の父は母と離婚して家を出、5代目になるはずだった兄も、三年働いた後突然家をでてしまった。これから店はどうなるのか? 夏希は不安でならない。靴屋の仕事には興味があって教えてもらっているけど、夏希がなりたいのはおしゃれな靴のデザイナーなのだ。そんな中、クラスでも感じが悪い宗太が、靴屋の仕事に興味があると言い出して、通ってくるようになった。だが、古い家をビルに改装しないかと連日のように不動産屋がやってくるし、仕事をしているのはもう祖父一人。タイトルは、看板表記が右からの横書きとなっているの左ヨミにしたもの。時代から取り残されているような祖父の仕事の意味や、宗太が抱える思いを徐々に理解していく夏希の明るい物語。気持ちよく読める。
中学校に入る前の夏休み、ピーターは親友のトミーと一緒に初めてマナティーを見つけた。昔、マナティーと出会ったときのことを繰り返し話してくれたおじいちゃん。だが、今おじいちゃんは認知症になり、ピーターのことがわからなくなる時さえある。母さんから頼まれて、おじいちゃんが外を出歩かないように注意しながらサポートもしている。だが、おじいちゃんのことを打ち明けられなくて、トミーを家に呼べない。そんな時、出会ったマナティーが大けがをしたのを発見した。ボートにぶつかって負った傷だ。近所に住む意地悪なボートクラブ会長のレイリーさんの家の近くだ。犯人は絶対レイリーさんだ! マナティーの保護団体に救出を依頼。その様子を撮影にテレビが来た時に、犯人として思わずレイリーさんの方を指さした。激怒したレイリーさんは、不動産の営業をする母さんを脅す。レイリーさんは、不動産を複数もっていて、取引から外してやると言うのだ。許せないピーターは、ボートクラブの総会で、マナティーの保護を訴える資料をトミーとつくろうとするが、そんな時、夏休みにトミーが転校することを知らされ、母さんからはレイリーさんにかかわるなと言われる。認知症の祖父の介護、大好きなマナティーの大けが、親友の転校、次々とふりかかるトラブルの中で、トミーは行き場がない感情に怒り狂い、爆発し、後悔し、絶望する。どんなに願ってもかなわない事だってある、そんな中でも自分の怒りに振り回されずに大切なことを見つけていこうと変わっていくピーターの変化が素直に描かれている。ただ、それなりに読みでがある本なので、読書力のある子にお勧めする本。
ふと気がつけばアマガエルを全く見ていない。ひょっとしたら、イマドキだとアマガエルを見たことがない子も(見たことがあっても日常的に接していない子も)多いのではないか? 写真で、アマガエルの受精から卵、オタマジャクシ、成体へという過程を追っている。しっぽが徐々に消えていくのってどんな感じ? と知りたかったけど、途中の写真は1枚。撮影難しのでしょうかね。冬眠中の様子の写真もありましたが、外から見えるところで眠るのだろうか? 撮影のために見える状態にしたのだろうか? 課題図書だが、これで感想文書くなら、実際にアマガエルの観察などをしてそれを踏まえて書くのがよいのかもしれないと思った。
連作短編だが、正直とても読みにくかった。冒頭に、おとうさんのおならという詩が書いてあって、でも物語は踏切ではじまり、一応最後まで読むとそれぞれのお話が関係しているってわけねとわかるが、なんていうか混乱する。描写も雑で「おれはヒラヒラに左手をのばし」? ヒラヒラ? イラストを見て踏切のバーについているやつなのか? 身近で踏切ないけどこれって一般的なのか?と画像検索してみると、こういうのがついてない踏切もある。「さいきん、学校がつまらない。」とか書いているけど、それはからかってくる友だちのせいらしい。それなら「つまらない」のではなくて「いやだ」とか「行きたくない」とかじゃないのか? 途中でみつあみを喜ぶライオンをたてがみがあったからオスだったけど「心のいれものが、ちがっちゃった」せい、といっているけどそうか? 別に男性が三つ編みしてもよい(エルマーのぼうけんのライオンは、そうだった)けど??? 図書館に行けば、貸出カウンターは「受付」で、そこは静かにしないといけない場所、作者の近くの図書館は、こんなかんじなのだろうか? とはいえエピソードがいろいろあって、左利きをからかわれたり、友だちと喧嘩したり、仲直りしたり、誤解が解けたりするので、どれかを使って感想文を書くのには便利かもしれない。自分にこの年齢の子どもがいたら、勧めないけど・・・