児童書評価のページ

新刊・古典とりまぜて児童書を評価します

トンネルの向こうに

 

トンネルの向こうに (児童単行本)

トンネルの向こうに (児童単行本)

 

 バーニーは空襲で焼け出され、母親と一緒に汽車で叔母の家に向かっていた。その車室に一人の男性が入ってきたまもなく後で、汽車は戦闘機に狙われる。トンネルに滑り込んで、戦闘機が去るのを待つことになったが車内は真っ暗だ。おびえるバーニーのために、居合わせた男は、マッチで灯をつけ、物語をしてくれた。それは第一次世界大戦でとても勇敢だったという親友ビリーの物語。戦争を終わらせるために誰よりも勇敢に戦ったビリー。だが最後の戦闘では、無抵抗なドイツ兵をそのまま逃がしてやった。だがビリーはその後、その男をニュース映画のスクリーンの中で発見してショックを受ける。実在のヘンリー・タンディという二等兵をモデルとして描かれた作品。戦争の残酷さと、慈悲が正しかったのか?という問いが、読者の心を動かす。物語の最後はこうだろうな、と想像はついたが、バーニーにとっては、そして読者にとってもリアルな体験であったといえるだろう。

さがしています

 

さがしています (単行本絵本)

さがしています (単行本絵本)

 

 アメリカで原爆投下の正当性を教育された著者が、広島の平和記念資料館に収蔵される被爆者の遺品2万点から14点の声なき声を、詩のような文章でつづる。遺品は広島県倉橋島産の「議員石」にのせて撮影されている。真っ黒にやけためがねは、丸いぼたんと細いひもにしか見えない。1組の軍手は、建物疎開(空襲による延焼を防ぐため家を壊す)の作業をさせられていた中学1年生12歳のもの。必死で家まで帰り着いた後、数日で息を引き取った人たちも多い。色鮮やかに残るワンピースや日記帳などを見ると、戦後まだ75年しかたっていないのだと思わされる。戦後70年を機に放送されたラジオ番組「アーサー・ビナード『探しています』」から出版された戦争体験談『知らなかった、ぼくらの戦争』(2018年8月14日に紹介)も必読です。  (H)

竜の巣

 

竜の巣 (ポプラポケット文庫 (033-1))

竜の巣 (ポプラポケット文庫 (033-1))

 

 直人と研人がおじいちゃんと一緒に、おじいちゃんの家に向かって電車に乗っていると、山の頂上近くにぽっかりかかっている雲がみえました。するとおじいちゃんは、あれは竜の巣かもしれないと言って、自分が子どもだったころ、偶然裏山で竜の巣に迷い込んだ話をきかせてくれます。ここで、不思議なリアリティのある富安さん独特のファンタジーの世界に一気に連れていかれます。おじいちゃんを助けてくれる竜の召使にされていたカエル人間たちや、数字が数えられないどこかまぬけな竜、かしこいコオロギの助け、そして最後の竜を倒す魔法の呪文と納得できるその効果まで固唾をのんでページをめくってしまいます。読み終わったら、直人と研人のように竜の巣を探しに行こうと決心してしまうことまちがいなし。

月白青船山

 

月白青船山(つきしろあおふねやま)

月白青船山(つきしろあおふねやま)

 

お父さんが単身赴任しているオーストラリアに家族で行って楽しく過ごすはずだったのに、そのお父さんが病気で入院。母親は単身で看護に向かい、小学5年の主悦と中学3年の兵吾ほ良く知らない鎌倉の大叔父にあずけられることになった。近くに住む静音という女の子と仲良くなるが、3人は過去に迷い込む。予言の救い主として瑠璃の玉を探し、この村を救って欲しいと頼まれる。3人は歴史や伝説を調べ、ついに村を救うというどこかで見たような話。正直、お話が作り物っぽくてその世界にはいりきれなかった。物語の最後に「大姫異聞」という短い物語が載っているが、これは冒頭の方がよかったのでは? 大姫と笛を吹く娘と瑠璃伝説がゴチャゴチャしていてわかりにくいのも読みにくさの原因だったと思う。オーストラリアは完全看護じゃないのか? 健康保険がなくて長期入院の医療費大丈夫か? お父さんの両親はなくなっているようだけど、お母さんの両親も亡くなってるのか?(まだ若いだろうに)とか、物語の設定づくりのために不自然な設定をしているように感じてしまったりもしました。タイトルはおもしろそうなのに・・・でした。 

私、日本に住んでいます (岩波ジュニア新書)

 

スリランカ出身の日本在住ジャーナリストがまとめた、日本に住むいろいろな人へのインタビュー。「過去と未来をつなぐ」は、タイから東北大学に来た留学生の被災地でのボランティア。/「夢をもつということ」は渋谷で女性DJをするアフリカ系アメリカ人 /「カンボジアのおばあちゃんへの手紙」カンボジアから日本に来た小学生が毎日のようすを知らせる手紙 /「落語の世界へ」はイギリス人女性が落語に魅せられて英語の落語のチャレンジをする。/「多様な文化を尊重する教育」は江戸川区西葛西のインターナショナル・スクールの教育について/「オモロかったらええやん」はオーストラリアから日本に来てお笑いの世界に夢中になり、吉本に飛び込んだ体験記/「親子写真から見えてくるもの」はアメリカ出身の写真家だが親子写真というテーマにこだわる/「自分を信じて自分らしく」はインド人とのハーフだが2016年のミスワールド日本代表に選ばれる/「ゴスペル音楽に込められた思い」はジンバブエに生まれ、アメリカに移住、さらに日本に来てゴスペルシンガーとなった体験/「難民として日本で暮らして」はミャンマーから日本に来て難民認定を受けて育った男の子の体験/「自然と調和した暮らし方とは」はアメリカから来て日本の古民家再生に取り組んだ建築家/「翻訳する」ということ は有名なドナルド・キーン氏。全部で12人ものインタビューを扱っているため、一つ一つが短い。そのことにより読みやすいが、ちょっと物足りない気もする。また、比較的“成功者”で、日本を評価している外国人が取り上げられているが、例えば技能実習生などからみた日本はどうなのだろう? とも思った。それでも、多様な人と共に暮らす日常を考える一助になると良いと思う。

うちの弟、どうしたらいい?

 

うちの弟,どうしたらいい?

うちの弟,どうしたらいい?

 

「弟をたのむわね」と言ってママは家を出ていってしまった、だから12歳のアニーは、懸命に8歳の弟スティーヴィのめんどうを見ようとします。でもふざけるのが大好きでいたずらなスティーヴィとまじめなおばあちゃんは、とても相性が悪い。間に立ったアニーはいつもハラハラしている。しかも、気が付けばスティーヴィは、近所の年上のワルとつるんで電車に石を投げたりとか悪いことをするようになり始めた! おばあちゃんには言えない。悩んだ末に、スティーヴィが新しい担任のストーバー先生を慕っていることに気付いたアニーは、先生に相談することにした。やさしくて頼りがいのある先生は、さっそくうまくスティーヴィを助けてくれるようになったのに、急に休職してしまう。どうしたらいいんだろう。思いきってアニーは弟と一緒に長距離列車に乗って、先生の家まで訪ねていこうと決心する。まじめなために、子どもなのに責任を負ってしまうアニーと、そのアニーから重荷を取り除くために動いてくれる先生。そして、アニーもスティーヴィもそのままで伸びていくことを肯定していく展開が魅力。当初、スティーヴィに手を焼いて、何かというとたたいていたおばあちゃんがかわっていく様子も良い。しかい、原著が発表されたのは1967年なのに、現在の日本で、アニーのように気をもんでいる子は、けっこういるような気がしてしまいました。 

天使のにもつ(2020課題図書 中学生の部)

 

天使のにもつ (単行本図書)

天使のにもつ (単行本図書)

 

 中学2年の斗羽風太は、子どもと遊べばいいのだから楽だろうとエンジェル保育園を選んだ。だが、めんどうを見てくれる林田先生は次々と用事を言いつけてくるし、子どもたちはなかなか生意気で、風太のやることを注意したり勝手になとわりついてくる。だが、マイペースな風太は子どもたちに好かれ、とりわけクラスでもおとなしいしおん君がなついてきた。おとなしいけれど、ちょっと神経質なしおん君。風太は、偶然外で母親としおん君が一緒にいるところを見て、母親に虐待されているのではないかと不安になる。偶然拾ってしまった子犬をどうしたらいいかと悩んだり、ちょっと場当たり的ながらも素直なところのある風太のキャラは、いかにも子どもに好かれそう。でも、もうちょっと普段の風太(学校ではどんな生徒で勉強にはどう取り組んでいるのか)がわかると、もうちょっと風太くんにリアリティが出る気がした。口調はちょっと不良っぽく、ふまじめっぽいけど気がいい雰囲気が、逆にこういう感じの男の子っているかなぁみたいな気も・・・。でも、保育園や子どもたちの雰囲気も良く出ていて、今年は職場体験ができないだろう中学生たちに、せめて本の世界で楽しく体験して、自分が風太だったらと、空想させてあげたい気がしました。